「今年は雨がよく降って、小麦の収穫量は前の年の3倍近くまで回復した」
——そう聞くと、シリアの食卓もようやく落ち着くのでは、と思いますよね。
ところが、レポートが伝えているのはその逆です。
収穫が増えたにもかかわらず、多くの人たちが今も食べるものに困る「危機的な状況」から抜け出せていないというのです。
なぜ、そんなことが起きるのでしょうか?
今回は、食料危機を予測する国際的な専門機関「FEWS NET(飢饉早期警戒システムネットワーク)」が2026年6月に発表したシリアの食料安全保障見通しをもとに、その理由をまとめました。
出典: FEWS NET:Syria Food Security Outlook, June 2026 - January 2027
※以下でご紹介する情勢や数字は、上記レポートの内容を翻訳・整理したものであり、Piece of Syria独自の見解や立場を表明するものではありません。
このレポートでは、シリア各地の食料事情を「IPC(総合的食料安全保障レベル分類)」という国際基準を使って5段階で評価しています。
フェーズ1が「問題なし」、フェーズ5が「飢饉(最も深刻な状態)」で、シリア北東部・北西部の多くの地域はフェーズ3「危機(Crisis)」と評価されました。
これは、多くの世帯が食料を十分に手に入れられず、借金をしたり、家財や家畜を手放したりしながら、なんとか生き延びている状態を指します。
つまり、「飢餓一歩手前」ではないものの、決して安心できるレベルではない、ということです。

▲シリア北部の畑(撮影:Piece of Syria 中野、2008年)
2025年から2026年にかけての雨季は、例年より雨が多く、小麦の生産量はおよそ230万〜250万トンと見込まれています。前年(2024〜25年)はわずか90万トンと、36年ぶりの不作だったので、数字だけ見れば大きな回復です。
しかし、この「収穫の恩恵」は、困っている世帯にほとんど届いていません。
レポートは、主な理由として次の3つを挙げています。
1つ目は、収入の多くが借金の返済に消えてしまうことです。
長引く干ばつや戦争の影響で、多くの農家がすでに借金を抱えており、収穫による現金収入は生活の改善よりも先に、過去の負債の返済に充てられています。
2つ目は、小麦を売る手続きの混乱です。
政府が新しく導入した電子的な買い取りシステムがうまく機能せず、北東部アル・ハサカ県では6月半ばの時点で、目標としていた買い取り量100万トンのうち、実際に集荷できたのはわずか6万2,000トン程度にとどまっている、と報告書が伝えています。農家は収穫しても、その代金をすぐには受け取れずにいるのです。
政府は状況改善のために尽力していますが、長い戦争からの回復には時間がかかります。
3つ目は、通貨の下落と物価の上昇です。
シリアポンドは2026年4月から6月のあいだに闇レートで約15%下落し、輸入に頼る燃料や食料品の価格を押し上げています。
政府はここ数か月で、補助金付きパンの配給量を2度にわたって削減せざるをえませんでした。
さらに燃料の公定価格も17〜29%引き上げられ、輸送コストを通じて食料価格全体に影響しています。
加えて、5月にはユーフラテス川流域で洪水が発生し、デリゾール県だけで農地の8%以上にあたる約7,200ヘクタールが冠水しました。6月には全国で4,000件以上の農地火災も報告されており、収穫直前の作物が失われるという被害も重なっています。
シリア北東部・北西部(※幼稚園がある地域)
避難民や、政府が非公式な石油精製業を禁止したことで職を失った人たちが、供給過多の労働市場でますます収入を得にくくなっており、フェーズ3の状態が2027年1月まで続くと予測されています。
南部(ダマスカス郊外県、ダラア県、スワイダ県、クネイトラ県)
比較的落ち着いているものの、一部の帰還民や国境地域の住民は厳しい状況です。
沿岸部
タルトゥース県は比較的安定している一方、ラタキア県は10月以降、夏の観光収入がなくなると同時にフェーズ3へ悪化すると予測されています。観光業の回復の遅れが、冬に向けて響いてくる格好です。
追い打ちをかけているのが、人道支援の資金不足です。
世界食糧計画(WFP)は2026年5月、1日400万人分を支えていた補助金付きパン事業を終了し、緊急食料支援の対象者も130万人から65万人へと縮小しました。
その結果、人道支援を必要とする人の数は、収入が減り冬の出費がかさむ2026年10月〜2027年1月にかけて、600万人台まで増えると見込まれています。

▲ダマスカスにて、パン屋さんの行列(撮影:Piece of Syria 中野、2025)
このレポートを読んで改めて感じるのは、「収穫があった」「戦争が落ち着いてきた」というニュースだけでは、シリアの人たちの暮らしの厳しさは伝わらない、ということです。
畑で麦が実っても、それが家族の食卓に届くまでには、借金や物価高、混乱した制度といった、いくつもの壁があります。
教育も同じです。学校の校舎が建っても、そこに通い続けられるかどうかは、家庭の経済状況や地域の安定に大きく左右されます。
Piece of Syriaは教育支援を中心の活動としていますが、実はそれだけではなく、TOTOさんの助成を受けて、農業支援や水に関する啓発授業も進めています。
私たちが目指しているのは、「教育を届けること」だけではありません。
子どもが学校に通い、家族がご飯を食べ、明日のことを心配しすぎずに眠れる——そうした当たり前の「日常」を取り戻すことが、私たちの活動の一貫したゴールです。

国際社会からの人道支援資金が不足する今だからこそ、皆様一人ひとりの温かい応援が、子どもたちの未来の支えになります。
引き続き温かいご支援をお願いいたします!