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Piece of Syria(ピースオブシリア) | ブログ
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Piece of Syria Blog

アッサラームアライクム!トルコ南部の町シャンルウルファにいます。 ガズィアンティップから2時間。ここもシリア難民が多く住む場所です。 「難民」と表現しましたが、トルコでは「難民」と呼ばれていません。「お客」です。 難民と呼ばれる立場になれば、相応の「保護」が必要になります。教育、住居、職業など。 それができる国が「難民」としての受け入れをしており、トルコ・イラク・ヨルダンでの彼らの立場は「Asylum seeker」(亡命希望者)というものになります。 ゆえに、彼らは「難民」となるために、ヨーロッパに向かうのです。 昨日、ガズィアンティップに事務所を持つ国際NGO「国境なき医師団」(本部はフランス)で働くシリア人のお家で話を聞いてきました。 彼や他の場所で聞いた話をお伝えします。 トルコでは、半年ほど前(2016年5~6月頃)から、トルコ政府の意向で国際NGOが閉鎖されている。 (別の人から、トランプ大統領になって、米国政府からのNGO支援が減って、活動が続けられなくなったり、スタッフ削減をする団体も増えるかもしれない、という声も聞きました) 仕事があるからトルコに住むけど、仕事がなければ住みにくい。特にここ数ヶ月で、シリア人への差別が増えてきている。 仕事がなくなったら、ヨーロッパかカナダに向かう。 カナダでは、5人のスポンサー(貯金額を確認)を見つけることができれば、彼らが保証人となって、受け入れが可能。   トルコ人と同じ仕事をしていても、給料は低い。部下の方が給料が高いこともあるなど不平等な労働環境。 今、トルコからギリシャの島への密航の価格が下落。1000$から300$ほどに。 島に入ってから、ヨーロッパに向かうルートの方が値上がりしているとのこと。 トルコにいても、未来がない。 唯一、良い条件で働けるのが国際NGOだが、それさえも閉鎖の可能性が出てきた。普通の仕事も不平等な立場にある。 仕事があるうちは良いが、無いならヨーロッパに向かうか、シリアに帰るという選択肢しかないんだ、と言う。 今、バーブ(アレッポとマンベジの間にあるシリア北部の町。マンベジは2016年8月までISに占拠されていたが今は解放された)の町の近辺に「フリーゾーン」を作り、そこへトルコからシリア人を送り返す計画があるそうだ。 今、アレッポで使われているのは貫通式の爆弾。屋根と天井部分にぶつかっても爆発せず貫通し、3段目くらいで爆発する。 今、アレッポの病院が爆撃されているが、狙われているのは、地下の病院。そうした爆弾で地下の病院も爆撃されており、国境なき医師団の病院もいくつも破壊された。 病院や学校を狙う理由の一つは、そこから反政府側の人間を住まなくさせるため。 現在、アレッポの70%はロシア軍と組んだシリア政権側が占拠し、30%を反政権側が守っている状況。私たちが支援しているウサマさんの学校も市内では続けられなくなり、郊外で活動を続けている。 数日、シャンルウルファに滞在して、ギリシャの島に近いイズミールへの移動を検討しています。イズミールはヨーロッパに向かう難民たちがいる町であり、僕と今年の2月に一度訪れています。そこで活動するNGOとつながりができたので、活動を見学できれば、と考えています。 iPhoneから送信...

トルコ南部の町ガズィアンティップにいます。 シリアの国境まで50kmほどの所です。 前回、お世話になったカウチサーフィンのおうちに、約一年ぶりに泊めて貰いました。 シリア支援の団体で働く彼らの職場を見せてもらったり、シリア人スタッフを紹介してもらったり、クルドにまつわる色んな話を聞かせてもらっています。 家賃が同じ家でもトルコ人よりシリア人の方が高く請求されること。 賃貸はできるが、家を買うことはできないこと。 EUからトルコ政府へ資金提供があり、困窮するシリア人の家庭に対して毎月3万円(一人当たり)ほどの補助が出ていること。 シリアに残した家族を呼び寄せるために、密入国業者に1300ドルを支払い、今はトルコで家族で生活できていること。 仕事と学歴、滞在期間などの条件次第で、トルコ国籍を取れて、シリアとの二重国籍になれること。 国籍を取れない人たちも、許可を得てトルコ人と同様の公的教育、医療を受けられること。 彼らからの伝聞なので、制度は実際のものとは違うかもしれません。その点はご了承下さい。 明日から更に東に進み、シャンルウルファに向かいます。 iPhoneから送信...

昨日、ウサマさんと無事に合流しました。 そして、ウサマさんの友人のフォトジャーナリストGo Nakamuraさんとお会いして、先日まで行かれていたイラクの話を聞きました。 http://instagram.com/gonakamu モスルは、ISのイラクでの本拠地であり、現在イラク政府軍とクルド人民兵部隊、そして各国の有志連合軍が、奪還作戦を実行している街です。 「戦闘が日常に」 iPhoneだって、「せんとう」の漢字変換に戸惑います。 銃撃戦の横でお茶を飲んで談笑するような日常があったそうで、日本在住のシリア人の友人も同じことを言っていました。 ですが、イラクもシリアも、かつては日本と変わらない治安の良い平和な国だったのです。 「当たり前」とは? 僕たちの今ある平穏な日常は、「適当にしていても手に入る」ものではないのかもしれません。 I met Usama Ajjan, yesterday. and I met Japanese photo jornalist, Mr. Nakamura. He just came back from Mousl, Iraq under fire. He said now, "fireing is in daily life." outside building, there was fighting and bombling. but people kept drinking tea.. I heard same situation happened in Syria,...

シリア支援のクラウドファンディングでお世話になりました。Piece of Syria代表の中野貴行です。 9〜10月に行われたクラウドファンディングでは、たくさんの想いの詰まったご支援をいただき、ありがとうございます。 皆様の温かい想いを、シリアの子ども達の夢と希望に変えていけるよう、 そして、ご支援してくださった皆様にも、喜んで頂けるよう、しっかりと動いていきます。 今後とも宜しくお願い致します。 現地で活動するウサマさんからのメッセージや皆様が支援してくださる子どもたちの話、これからのことについて、また各地のシリア人の状況についても、このブログにて随時報告をさせていただきます。 また、1月28.29の土日のどちらかは東京で、2月の4.5の土日のどちらかは大阪で、報告会も企画しています。 決まり次第、日本にいるPiece of Syriaのスタッフから連絡をさせて頂きますので、宜しくお願いします。 心からの感謝を込めて。 Piece of Syria代表 中野貴行...

    内戦や過激派組織「イスラム国」の台頭で国外避難しているシリア難民を昨秋から訪ね歩いた大阪府の中野貴行さん(34)が12日、長野市内で講演した。青年海外協力隊として内戦前のシリアに滞在した中野さんは、当時の豊かな街の様子と、瓦礫に埋もれた現在の状況とを映像で紹介。「特別ではない普通の生活をしていた人に起きたこと。現実を知って」と訴えた。   県青年国際交流機構(長野市)の「ワールドスタディカフェ」として開き、60人余が参加。中野さんはシリアについて、内戦前は宗教・民族対立とは無縁の美しい街並みと国民の親切さが印象的だった−と強調。当時住んでいた同国北部の都市には現在、イスラム国が処刑場を作り、市民の自由を奪っているとした。   中野さんは、ヨルダンやギリシャなど8カ国を回ってシリア難民に話を聞き、今月9月に帰国したばかり。「避難した国にずっと住みたいと言う人は一人もいなかった。貧困を背景にした経済難民とは全く違う」と指摘した。   この日はイスラム教徒留学生らを交えたフリートークもあった。    信濃毎日新聞 2016年3月15日   ------------------------------------------------------------------     平和な頃のシリアを知っていると、シリアをめぐる報道は違和感がありました。   そんな中、「本当のシリアの状況を伝える」と銘打ったイベントで、 ジャーナリストが話すと言うことで、大阪のイベントに行ったところ、 その違和感をさらに強めるような内容でした。   複雑なはずのシリアの戦争にも関わらず、 ひとつの勢力だけに加担して、意見を抽出するのはおかしいという思いから、 質疑応答の時に手を挙げて、「僕が住んでいた時の意見と違いすぎる」と話すと、 「君が知っているのは、昔のシリアだ。今のシリアは知らない」と一蹴されました。   「あなたはアラビア語を話せないし、住んでもいないのに、  どうやって”本音”を聞いたって言うんだろう?」   「最近行った」というだけで、 僕が積み重ねてきた2年間は否定されるのだろうか?     それにどうしても納得がいかない僕は、 シリアには入れないにせよ、近くに行って話を聞こうと、 今までやっていた仕事を離れて、ヨルダンから始まり、 トルコ、イラク、ギリシャ、フランス、スウェーデンを周ってきました。   すると、前述のジャーナリストの「取材」が、 いかに一方的で「メディア受け」を狙った商業的なものだったのかを確信できました。   その旅の最中に、「是非、帰国したら話してもらえませんか?」と連絡をいただき、その講演の様子を新聞に取り上げてくださいました。   破壊や悲しみはニュースになり、美しさや本来の姿はニュースになりません。 ニュースでは、わかりやすさが求められますが、 とても複雑なのがシリアの状況です。   これからも、「伝える」ということを活動の一つとして、大切にしていきたいと思います。       ...