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難民という人は居ない 〜「6月20日世界難民の日」に寄せて〜

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こんにちは。Piece of Syriaの中野貴行です。

対等の立場で話を聞きに行く

団体を立ち上げる前に、最初にしたことは、難民として他国に逃れたシリアの人たちや、シリア難民支援の仕事をしている方々を訪れることでした。

  

ニュースだけでは見えてこないリアルを知りたい、と思ったからです。

 

 

ジャーナリストなの?と尋ねられたこともありましたが、「いや、ただシリアが好きなだけで、どんな状況か知りたいんだ」と答え、友人として彼らの言葉に耳を傾けることをしました。

まだNGOを立ち上げる前でしたので、「記事にするため」でもなく、「助けるため」でもありません。

 
しかも、戦争前に2年間住んでいましたので、シリアでの美しい思い出話をアラビア語で話せます。

 

そんな対等な立場で話をしたい、と言う姿勢のおかげで、ぐっと距離が縮まった気がします。

 

ヨルダン、トルコ、イラク、レバノン、ギリシャ、イタリア、フランス、ドイツ、スウェーデン、イギリスを2回に分けて6ヶ月間、訪ねて周りました。100人近くの方々と話したかと思います。

 

そこで、改めて感じたのは「一人ひとり、違う背景がある」と言うことでした。

 

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ヨルダンの難民キャンプがある街の看板に「シリア国境」と書かれていました

スマホを持っている難民を見て、どう思いますか

「難民がiPhoneを持っているんじゃない。

iPhoneを持っている人が、難民になったんだよ」

これはトルコで仲良くなったシリア人の友人が教えてくれた言葉です。

 
偏見や「見ただけ」の情報では、掴めない本質を伝えてくれる言葉だと思います。

  

2015年頃は、ヨーロッパに向かう難民希望者が多くいたのですが、その道中での支援活動をしていた赤新月社の方にお話を聞いた時に教えてもらったのは「彼らが求めるのは薬や食料よりも先に、電源とネットなんです」ということ。

 

つまり「情報」こそが最も必要な支援だったのです。

 
難民の受け入れが行われるかどうかは時期によります。どこの国境が空いているかは死活問題でした。

その点でも「難民がスマホを持っている」ことの意味が違って見えてくるかもしれませんね。

 

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ギリシャの難民キャンプの前に携帯会社がお店を出しています

何を持って逃げるの?

難民になるのは命懸けです。

 

まず自分の国を離れるときに、今まで先祖代々、生活してきた家や土地が奪われることを覚悟しなくてはいけません。

 

退路を断ち、斡旋業者に高額な手数料を払い、国境を超えます。
もちろん「密入国」になるので、それを防ごうとするために「銃で狙われた」という話も聞きます。

 

隣の国に着いた後は、家も仕事もない状態から生活を始めないといけません
(そして、手数料は多くの場合、借金で賄っているため、マイナスからのスタートです)

 

さらにヨーロッパまで向かう場合、ここでも大金を支払い、命を賭けて海を超え、捕まらないようにしながら、陸路で国境をいくつも超えていくのです。

 

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トルコからギリシャにたどり着いた人たちが使ったボートや救命具の残骸



こうして長い道のり、いろいろな難関があるので、持っていけるものは非常に限られていきます。

その中で、果たして、どんなものを持って避難するのかが気になって、聞いてみました。

 

第一に挙げるのが「身分証」です。
「難民申請をするときに、パスポートや卒業を証明できる物がないと大変なんだ」と。
 

自分の国の中だと、例えば身分証を失ってもなんとかなります。
なので、他の国で「自分が自分である証拠がない」という状況はなかなか想像できません。
それに「自分が今、どんな権利を持っているのか?」ということもわからず、ただただ不安になる方もいます。

あなたは、もし命からがら、バックパック1つで逃げないといけないとしたら、どんなものを持っていきますか?


「難民の日」の今日、一度ぜひ、考えてみませんか?


 

 

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難民として国を逃れた人が履き続けていた靴(イタリア)

難民は誰のもとにも起こりうる「一時的な状況」

難民となった人たちの声に耳を傾けた時に、僕が感じたこと。
 
それは、「”難民という人”は居ない」ということでした。

あったのは「難民という”状況”」です。
 
彼らを表現するものでも、アイデンティティでもありません。
 

 

先ほどの「逃げてきた時に何を持ってきたの?」という質問の答えに、
「僕はプレイステーションを持ってきたよ」と話す若いシリア人の友人もいました。
 

戦争や、避難生活、難民という状況は、「当たり前のこと」ではないのです。

家があり、友達がいて、家族とご飯を食べ、買い物に行き、学校に行き、働き、休みの日にゆっくりした時間を過ごす…
そんな「普通の毎日」を送り続けてきた人たちが、「難民」という状況になっていきました。
 

僕が出会ったシリアの人の1人は「バッグ一つで週末旅行として、隣の国に行った後、帰れなくなった」と話していました。
 
彼自身、シリアでは難民支援の仕事をしてました。
 

「僕が、まさか自分が難民になるなんて…
あんな平和なシリアで戦争が起きるなんて…
誰が難民になってもおかしくないよ」
と僕に伝えてくれました。
 

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シリアのショッピングモール(2008年 中野が撮影)

まずは知ることから。難民だった人たちが母国に帰ってからもまだ問題は続く

シリアでは2024年12月にアサド政権が崩壊し、「難民」となっていた100万人を超える方々が母国に帰る動きがあります。
 
また戦争中、分断されていたために故郷を離れた国内避難民の方々も、地元に帰っています。
 

私たちは、そうした避難生活中にシリアの公用語のアラビア語を学ぶ機会がなかった子どもたちにアラビア語を学べる環境を作っています。また、勉強だけでなく、公立の学校に戻りやすくするための、ワークショップを通じた「心のケア」も実施しています。
 

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その活動の一つが、シリア北部の街アレッポで運営する幼稚園です。
 

私たちは、シリアの子どもたちが自らの力で「難民を出さない平和な国」をつくれるよう、その幼稚園を支えるクラウドファンディングに挑戦しています。
 

難民だった人たちが母国に帰ってからもまだ問題は続いています。
詳しくはクラウドファンディングのプロジェクトページにも書かせていただいています。
  

是非、難民だった人たちの今、そして私たちの活動を「知る」ことから始めていただけませんか?

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◆クラウドファンディング概要◆

紛争から日常へ。 シリアの子どもたちの、当たり前の毎日を取り戻したい

https://readyfor.jp/projects/syria2026

【目標金額】500万円(All or Nothing)
【公開期間】7月31日(金)23:00まで
【資金使途】シリア・アレッポ市での幼稚園運営費(生徒 180人)
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※世界難民の日とは
2000年12月4日の国連総会で、毎年6月20日を 「世界難民の日」(World Refugee Day)とすることが決議されました。

この日はもとはOAU(アフリカ統一機構)難民条約の発効を記念する「アフリカ難民の日」(Africa Refugee Day)でしたが、1951年難民条約の制定50周年を記念してあらたに「世界難民の日」として制定されました。
 (国連UNHCR協会、HPより)

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