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Piece of Syria(ピースオブシリア) | 難民支援協会
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    こんにちは、Piece of Syriaの中野貴行です。 先日、日本在住のシリア人、ヤーセル君とのコラボトークイベントでした。         ● 普通の大学生に訪れた変化   ヤーセル君は、ダマスカス大学で3年生まで通っていましたが、 戦火が激しくなったことから、国外へ逃れました。 友人を頼って、2013年から日本に住み始めました。   共働きの両親のもとで、悠々自適に 自分のことだけを考えれば良かった大学生から、生活が一変。   日本における難民申請者の壁、言語の壁を越えて、家族を守るために、 ゼロから全てを始めなければならなくなりました。   [caption id="attachment_17358" align="alignnone" width="525"] 認定NPO法人 難民支援協会ホームページより[/caption]   日本の母妹、シリアに残る父への仕送りまで家計を支えながら、 自分の未来について考える余裕もなく、 プロを目指すほど大好きなサッカーもできず、 ただただ目の前のことだけをする日々が続きます。     0.3%しか通らない、難民申請が通り、お父さんも呼び寄せることができ、 厳しい審査をくぐり抜けて奨学金を得て、 途中で止まっていた大学の勉強も再開できるようになりました。   [caption id="attachment_17355" align="alignnone" width="524"] シリアの大学寮。大学まで無料の、かつては「当たり前」だった教育環境[/caption]     ● ヤーセルが伝えたいこと   大学や企業、NGOなどでも講演を依頼され、話しています。   「シリアから来た、というと 『怖い』って言われることもある。 でも、元々のシリアは本当に平和だったんだ」   そんなイメージを変えるのは、僕の義務だ、と彼はシリアについて語り続けています。   [caption id="attachment_17356" align="alignnone" width="528"] 美しく平和な首都ダマスカス。夜に出歩いても危険はなかった。[/caption]     ● 支えることは支えられること   「どうして前向きに行動し続けられるんですか?」 話を聞いていた方からの質問に、ヤーセルは答えます。   「僕らにはいつも選択肢が2つあります。 諦めて何もしないか、 与えられた環境の中で行動するか。 僕一人のことだったら、立ち上がれなかったかもしれません。   でも、僕が何もしないということは、 一緒に住む母と妹、シリアに住む父を、家族を路頭に迷わせるということになります。 家族のことがあるから、僕は前へ向かって、 状況を変えるために動き続けられたんだと思います」     そんな彼の家族への優しくも強い想いに、会場全体が震えたように思います。   そして、彼の言葉から、そして僕自身の経験から、 「支えることは、支えられることでもあるんじゃないかな」と思います。     9月28日(金)にも、もう一度、彼の話を聞く機会があります。 是非、会場で彼の想いに触れてもらえたら!と思います!   http://piece-of-syria.org/2018/08/30/tokyo       シリアの人たちを支えたい!ということに関心がある方は、是非こちらを!     Facebookページ【Piece of Syria】        ...

      アッサラームアライクム! Piece of Syriaの中野です。     友人からのご縁で、奈良の中学校と宇都宮大学で講演をさせて頂きました。   遠隔での講座はなかなか難しいことも多いのですが(Skypeが使えません!) 企画をしてくださったことに、本当に感謝です。   そこで教えてくださった講演の感想と、質問について書かせて頂きます。 (その時に答えられなかった内容も付け加えています)   質問については、3回に分けてブログにアップさせて頂きますね。     http://idea-journey.com/uaemobile/               ● 講演の感想 〜紛争前のシリアを伝える意味〜   シリアに、どのようなイメージをお持ちでしょうか?   僕がシリアの話をする前に聞く質問です。 様々な答えがあるかと思いますが、その後で話す僕の体験談を聞くと、 多くの方が「行ってみたくなった」との感想を持ってくださいます。     ”メディアを通して「対立・紛争」ばかりがクローズアップされてしまうけれど、  今日の話を聞いて、かつてはこんなに優しく、思い遣りを持った人たちがいたんですね。  ニュースでは見えない、国民性や平和だった頃の生活を知れて良かったです”     [caption id="attachment_16729" align="alignnone" width="500"] アレッポ城で修学旅行生たちと[/caption]   [caption id="attachment_16731" align="alignnone" width="500"] 先生どころか生徒達が子どもを学校に連れて来ていました[/caption]   [caption id="attachment_16730" align="alignnone" width="500"] なにげない日常という幸せ[/caption]     派手な事件でもなく、ただの日常風景をお伝えすることで、 私たちの今の「当たり前」の生活という奇跡、平和の大切さを感じていただけたらと願っています。   そして、身近に感じてもらえたシリアの平和を願ってもらえたら嬉しいです。     <講演依頼は問い合わせから!>   講演の感想はこちらをご参照ください  http://idea-journey.com/impression/     Q. 日本が難民のホストコミュニティ(受け入れ国)となる可能性もあるわけですが、  ホストコミュニティとしての心構えってなんでしょうか?     A. 僕たちだって、難民になるかも知れないっていう想像力じゃないでしょうか。   スウェーデンで出逢ったシリアの人は、シリアでは、難民支援の仕事をしていました。   今は、世界最大の難民出身国になってしまったのですが、 かつて、シリアは世界最大の難民受け入れ国だったのです。   <2010年末、人口の6%にあたる160万人の難民を受け入れていた(UNHCR調査)> 参照:When Refugees Went to Syria (The Atlantic)     いわゆる「アラブの春」と言われる運動がチュニジア、エジプトで起こった際も、 シリアに飛び火するとは想像していませんでした。 始まった後もすぐに終わると思っていましたが、今もなお、戦火の中にあります。     また、僕がいた当時、シリアは日本よりも治安が良い国でした。 (10万人あたりの犯罪遭遇率で比較すると20倍。体感的にも、治安の良さは感じました)   参照:犯罪率統計-ICPO調査     自分の国に帰れなくなるなんて、想像しにくいですよね。   先ほどのシリアの方も、鞄ひとつでヨルダンに行って帰れなくなったんだそうです。 ヨルダン〜シリア国境の行き来は、日常的なもの(陸路で国境を接していない日本では想像しにくいですが)。   家族に「行ってきます」と普通に出かけて、 帰ろうとした時に、家族から「今は帰ってきてはいけない」と言われて、そのままヨルダンで滞在。 そのまま1年経った頃、ヨルダンで仕事ができなくなり、次はエジプトへ。   [caption id="attachment_16738" align="alignnone" width="500"] 難民キャンプに住む難民は10%程度。90%は街中で生活しています[/caption]   [caption id="attachment_16737" align="alignnone" width="500"] 難民に労働許可が出ないヨルダンでは、監視の目をぬって児童労働も[/caption]       そこでも仕事が大変になったので、密航業者に大金を支払い、命からがら地中海を超えて、 そこからは陸路でスウェーデンに向かい、そこで生活を余儀なくされます。   「行ってきます」と行った日から、自分の家には帰れていません。   [caption id="attachment_16736" align="alignnone" width="500"] 9ヶ国語で書かれている難民申請書(スウェーデン)[/caption]     難民がスマホを持っていることに驚く人もいるようですが、 「難民がスマホを持っている」わけではなく、 「スマホを持って生活をしていた人が難民になっている」んです。     加えて、国を逃れてヨーロッパを目指す難民の人たちにとって、スマホは生命線。 彼らを支援する赤十字・赤新月の人が教えてくれたのは、道中に彼らがもっとも欲するものは、 食料や薬ではなく、充電とWi-Fiだったそうです。     縁もゆかりもない地域ではなく、すでにヨーロッパに到着している親戚や友人を目指す必要があること、 国境が急に閉ざされる不安定な情勢のなかで、入れるルートを知る必要があること、 平和な頃から、毎日のように連絡を取る濃い家族関係の人たちなので、残った家族との連絡をしたいこと…。     [caption id="attachment_16739" align="alignnone" width="500"] ヨーロッパに向かう難民の入り口ギリシャのレスボス島の難民キャンプ前にはSIMカードの販売店が[/caption]     [caption id="attachment_16740" align="alignnone" width="500"] レスボス島の難民キャンプ前にあったお店(2016年。2017年に行った際は撤去されていた)[/caption]     [caption...