メールマガジン登録
■ 登録・解除フォーム

ご登録されたいE-mailアドレスを入力し、ご希望の項目ボタンを押してください。

Piece of Syria(ピースオブシリア) | 豊かなシリア
140
archive,tag,tag-140,ajax_fade,page_not_loaded,,side_menu_slide_with_content,width_470,qode-theme-ver-10.0,wpb-js-composer js-comp-ver-5.4.2,vc_responsive
 

豊かなシリア Tag

  アッサラームアライクム! Piece of Syriaのへむりです。   福岡にいます。   25日に佐賀空港を初めて利用し、 柳川のほりわり、というめちゃくちゃ素敵なゲストハウスで、 ゆったりとした空間の中、クロストークをさせていただきました。     翌26日は、天神のSUITO福岡にて、トークイベント。 1年前のイベントに来てくださった方が、 まるで同窓会のような再会をしてくださっていて。 「あぁ、こういう場所っていいなぁ」って、すごく思いました。 少なくとも毎年1回は、福岡でイベントができたら幸せだなぁって感じました。   僕自身、大阪時代や東京時代の友人とも再会できたりと、 改めて素敵な縁に恵まれていることを感じます。     僕らが大切にしている言葉が 「世界を変えるのは、いつもたった一人の想いから」。   きっと、その「世界」って、 国家だとか、地球規模の話じゃなくて、 僕たちが手に触れられる、縁の範囲のことなんじゃないかなって思います。   そして、その縁の広がりが、 国家だとか、地球規模の話に、結果的になっていくだけで。   想いを真ん中に。   まだまだ模索ばかりではありますが、 「世界」を共に変える仲間たちと共に、 今日もまた、前に進み続けます。   さぁ、今日は、博多南でのトークイベントです! 皆さんにとっても、素晴らしい一日でありますように!   今晩と明日のイベントはこの2人と! ・ #僕らが見た中東 #シリア #ヨルダン #那珂川 #こととば那珂川 #写真展 Nakano Takayukiさん(@hemuri.syria.love)がシェアした投稿 - 2018年 5月月26日午前12時47分PDT         【5/27(日)15:30〜17:30】 博多南インタビュアーズvol.2 僕らの見てきた中東〜旅するように生きるふたりのハナシ〜     東京・大阪・京都でも報告会イベントは実施していきたいと考えていますので、 また連絡をさせていただきますね! (企画側でご参加を検討されている場合は、是非ご一報くださいませ)       【現在実施中のクラウドファンディング】   http://piece-of-syria.org/2018/05/24/education/     ...

  アッサラームアライクム! Piece of Syriaのへむりです。   私たちが普段、お伝えしているのは「美しいシリア」です。 現在、こととば那珂川で実施しています写真展で是非、その美しさを感じて頂ければと思います。   https://www.facebook.com/cototoba/photos/gm.133419837520456/1253859568081288/?type=3&theater   しかしながら勿論、それだけでは無い状況もございます。   昨夜、現地協力者のウサマ氏から、現地の状況について話をしまして、そちらをシェアさせて頂きます。     ●僕らができることは何だろう?     僕らがサポートしている学校は、政府や国際組織からの支援がありません。   そのため、無償で活動を続けている学校の先生達がいます。 彼らにも家族がいますが、お給料が出ない中で、 なんとかふんばってくれています。   彼らが家族と大切なイスラムの行事である、ラマダンとイードを、幸せに過ごせるように、僕らができることがないか、是非一緒に考えて欲しいです!   【現在のサポート】 イドリブの学校 生徒300人 先生13人 アレッポ郊外の幼稚園 生徒100人 先生9人   【必要な金額】 先生1人あたり 50$ 1ヶ月で 1100$   【私たちが行なうこと】 幼稚園の先生のラマダン・イードの2ヶ月分、1000$をサポートを決定しました。 5月中に送金します。   加えて、福岡の講演の収益や募金をいただけた分がありましたら、先生達のお給料としてイドリブの学校に届けます。           こちらの方でも随時募集してきます。   ・ネットでのご寄付       ・銀行口座でのお振込 ゆうちょ口座 ピースオブシリア        店名 408(ヨンゼロハチ)        普通 4328753   ※お手数ではございますが、報告書や報告会のご案内を送らせて頂きますので、 お振込みの場合は  ・メッセージ、DM  ・メール(piece.of.syria@gmail.com)  ・問い合わせ(http://piece-of-syria.org/contact/) まで、ご一報くださいませ。       #僕らは微力だけど無力じゃない #ピースオブシリア#シリア#教育支援     ...

アッサラームアライクム! Piece of Syriaのへむりです。   お待たせいたしました。シリアの人たちに起こった変化の続きになります。 前回は、シリア国内の「勢力図」の変化についてお話をさせて頂きました。 今回は、シリア国内における「生活面」の変化について、お話できればと思います。   [caption id="attachment_16069" align="alignnone" width="1024"] 一番お世話になったお家。[/caption] ● 1日1ドルの豊かな生活   僕がシリアに住んでいたのは2008-10年です。   その当時、僕が一番お世話になっていたのは、マンベジ市にある小さな村の家族でした。   両親と女の子3人(短大生、高校生、中学生)、男の子2人(小学生)のおうちで、生活費を稼ぐ父親は、村の保健センターで働く用務員さん。受付、掃除、ワクチンの管理などをしていました。   月収は200$ほど。シリアでも、決して多い方ではありません。 計算すると、一人当たりの生活費は1日1ドル以下になります。   しかしながら、子ども達を学校に通わせて、里帰りの家族旅行に行ったり、僕や近所の人たちにご飯を振る舞うことも日常的にしている余裕がありました。僕もあまりにしょっちゅう、ご飯を出してもらって、泊めさせてもらっているから、家賃のようなものを渡そうとしたら、断られました。   家も、田舎だからということもありますが、小学校の運動場くらいの大きさの庭付きで、リビングは絨毯が敷き詰められた50m2ほどの大きさがあります。   こうした「余裕」には、シリアの豊かさに加え、当時のシリア政権の政策が大きく影響があるように思います。   [caption id="attachment_16070" align="alignnone" width="1024"] 村のお家のリビング。本当に広い![/caption] ● 僕の見たシリアの豊かさ   野菜はkgあたり20円ほど。旬野菜であるかどうかで値段は変わりますが、それにしても安い。 主食であるホブズ(ナンのような丸いパン)も非常に安価で買うことができました。     交通費も、バスやセルビス(同じルートを周るワゴン車を使ったバスのような乗り物)が15円ほどで乗れたり、長距離バスなら、大阪〜東京間ほどの距離を、3列シートでも400円ほど。 市内のバスで老人や女性が入ってきたら、男性達は無言で席を譲り、それに礼を言うこともなく譲られた方が席に座ります。年配の方や女性を敬うのが当たり前だからです。   学校も、大学まで無料。就学率は97%だったそうです。 小さな村まで塾や、女性対象の識字教室があり、教育熱心な国だと感じました。   医療も無料です。薬も国内産で、非常に安価でした。   犯罪の遭遇率は、日本の20分の一。つまり、日本の20倍の治安の良さ。体感的にもそれは感じました。実際、落し物はすべて返ってきました。カメラ・携帯・腕時計・現金にいたるまで・・・。   何より、もっとも素晴らしいと感じたのは、おもてなしの心です。 買い物客として行ったのに、お茶やサンドイッチをご馳走してくれます。 道がわからないそぶりを見せようものなら、バッと人が集まってきて助けようとしてくれます。 バスで隣に座った人が、自分の家に招待して、昼ご飯をご馳走しようとしてくれます。 喉が渇いたら、そのあたりに家をノックすれば水を出してくれ、そのまま家に招待してくれます。 通りすがりの結婚式に招待されて、一緒にご飯を食べ、一緒に踊らされます。   そんなことが日常の豊かな国でした。   [caption id="attachment_16071" align="alignnone" width="1024"] 安く美味しい国産野菜・果物にあふれていました[/caption] ● 戦場になった僕の村   「覚えているかい?村の先生をしていたアフマドだよ」   2015年。シリアの村の友人から連絡が来ました。     僕が住んでいたマンベジは、ダーイッシュ(IS)に占領されており、画像検索をすると「処刑場」が出てくるような、そんな状況でした。   僕がいた時、村の人たちは携帯は持っていても、メールやSNSは使っていませんでした。 (世界的にスマホがまだ出始めた頃で、日本でもFacebookの利用者は少なく、mixiが流行っていた時代です)   なので、シリアの村の人たちの連絡先は知らないまま、日本に帰って来ていたのです。   何より、村には連絡することなく行って泊めてもらうことが日常でしたから、 そうした連絡先を必要としなかったのです。   またすぐに会いに行けるから、と。   しかし、「起こりえないはず」のいわゆる『アラブの春』が、シリアを戦場にしました。   今は行けないけど、すぐにまた行けるようになる・・・。   その思いと裏腹に、続くシリアを戦場にした紛争は、止むことがありません。 そして、僕のいたマンベジに侵入して来たダーイッシュ。   仲良くしていた人たちはどうなったのだろう? 不安な気持ちが募る中、確かめる術を持たず、どうしようもできないでいました。     どうにかして動きたい。   その想いで、シリアの中に入ることができなくとも、難民の住む地域に行ってみようと、ヨルダン・トルコ・イラク・ヨーロッパに向かったのでした。 そして、帰国後にPiece of Syriaの活動を始めました。   まさに、その時に、連絡が入ったのです。   「覚えているかい?村の先生をしていたアフマドだよ」と。 彼を通して、僕の仲良くしていた人たちの無事も確認できました。   [caption id="attachment_16072" align="alignnone" width="1024"] アラビア語で「マンベジ」と画像検索したら…[/caption] ● お金が足りない   あの豊かだったシリア国内の生活は、今は生きて行くことが精一杯な状況です。   人口の1/4が海外に難民として、1/4が国内避難民として生活しております。   「元々いた土地を離れる」というのは、代々続いた土地を手放すということで、家、家具、仕事、家畜、農場、築いて来た人間関係、それら全てを失うということです。   200ドルで豊かに暮らしていた生活も、通貨のシリアポンドの下落により、価値が1/10へ。 つまり、物価が10倍になっている、ということです。   今は、シリア国内の野菜など物資の量は充分だということですが、それを買うお金が不足しています。   移動や輸送には、お金とリスクがつきまといます。 政府軍・反政府軍・ダーイッシュ・アルカイダ・クルド軍のほか、有象無象の様々な勢力が陣取っており、検問でチェックを行なうそうです。   ある人が教えてくれた情報では、「1000ドルを支払えば、トルコ寄りのシリア国境から首都ダマスカスまで、安全に移動できる」と言う話でした。   安全も、お金次第なのです。 ただし、すべての場所が危険だというわけではありません。日本の一部で起こった地震が全土に影響していないのと同様、安全な日常生活を送っている地域もあります。   ですが、10倍の物価上昇は、すべての場所の日常生活に影響を与えており、生活費が足りていません。 また、働き手である男性は、各勢力によって兵士として駆り出されます。 シリア人同士で殺し合いをしたくない、と徴兵制を避けるために、国外へ向かう男性も多くいます。彼らは難民となった場所で稼いだお金を、様々な方法で仕送りしています。   就学率97%で、あれほど豊かだった教育も、50%以下へ。 場所によっては6%ほどになった、というニュースもありました。   想像してください。   あなたの給料が9割カットされて生活すること。 1年生の時、40人学級だったのが、6年生の時に2人しか残っていない学校を。     ● 友人としてできることを探して   もともと貧しく、戦争ばかりしていた人たちが難民になった訳ではありません。   もともと豊かに、平和に、家族を愛して生活をしていた人たちが、難民として、あるいは国内で困窮して生活せざるをえなくなってしまったのです。   僕らはこれからも、「困っているから助けたい」のではなく、 友人としてできることを精一杯考えて、行動をしていきたいと活動をしています。   それを是非、皆さんと一緒に動いていきたいなと思っています。   では、次回は、シリア国外での変化について、お話できればと思います。  ...