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Piece of Syria(ピースオブシリア) | へむり。
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へむり。

    「僕には目標がある。聞いてくれるかい?」 シリアのマンベジの村に住む友人から、メッセージが届きました。     ● 僕が住んだ村 シリア北部、ニュースで時々名前が出てくる「منبج(マンベジ/マンビジ)」という町に、 僕は2008-10年に、青年海外協力隊として生活していました。   30万人ほどの大きさのその町は、シリア第二の街アレッポから1時間程度の距離。 様々な商店が立ち並ぶアーケードのついたスーク(商店街)に行くと、 近隣の村からの買い物客もたくさんいて、 そのすぐ近くの大きな広場には、 セルビスと呼ばれるワゴン車の路線バスが100台近く、満員になるまで客待ちをしていました。       そんなセルビスの一つに乗り込んで30分。 僕が通っていた、小さな村があります。人口わずか3000人。 医師・看護師が隔日でやってくる保健センター、 さらに小さな村からも生徒があつまる学校(小中高)、 日用品だけでなく野菜も売っている雑貨屋に、薬局、 生活する上では不便を感じない程度に、全てがある村でした。   アラビア語を話す外国人である僕は、ゲストをもてなすのが趣味のようなシリア人にとって、 「招きたくて仕方ない客人」でした。 村を歩いていると、声をかけられ、お茶をご馳走になり、ご飯をご馳走になり、 家に泊めようとしてくれ、結婚式に招待され・・・というシリアの文化の中で、 いつしか村人全員が、僕の名前を知っていました。 その村の少女が語ってくれた夢は、今、僕の夢に   ● 僕の住んだ町に、血が流れた 2011年に始まったシリア危機の混乱の中で、IS(ダーイッシュ)という組織が生まれ、 シリアの都市ラッカを「首都」と宣言しました。 マンベジは、ラッカとアレッポの中間地点にある町です。 電話で連絡することなく、村に訪れ、泊まっていくような生活を送っていた僕は、 日本以上に平和なシリアが、こんなことになることなんて予想できず、 彼らの電話番号をメモをしていませんでした。 また、当時は今のようなSNSは主流ではありません。 村の友人たちとの連絡手段がないまま、ニュースはシリアの悲劇を伝えます。 ある日、マンベジを検索してみると、血まみれの処刑場が・・・。 ISがマンベジを占拠しているのです。     無事でいてくれているのだろうか。 それを知る術がない中、何かのヒントを得られないかと、シリアの隣国トルコに向かいました。 マンベジはトルコ国境まで20kmほどです。 「ひょっとしたら、誰かに会えるかもしれない」 低い可能性ではありましたが、様々なNGOの方を通して、 シリア国境の近くのトルコの町で、マンベジ出身の人と会うことができました。 [caption id="attachment_16878" align="alignnone" width="400"] シリア国境の近くのトルコの町に「シリア人マーケット」ができていた[/caption]   ● 囚われた僕の住んだ町 「妻がまだ、マンベジにいるんだ。 ダーイッシュ(IS)は、人間の盾として彼らは民間人を外に出そうとしない。 身代金を求められて、数十万円を支払ったが、解放されていない」 マンベジ出身だという彼は、そんな状況について、僕に教えてくれました。 僕はかける言葉が一つも思いつきませんでした。 「きっと大丈夫。ハンムドリッラー」 言葉を失った僕を励ますように彼はそう言いながら、悲しみを心に残した笑顔を向けてくれました。 自分自身に言い聞かせていたのかもしれません。 そんな状況の中で、僕の友人たちは、どうなったのだろうか。 知る術を持たず、僕はただ、不安を募らせていました。     [caption id="attachment_16870" align="alignnone" width="400"] 村のある家にて。シリアの子ども達は勉強熱心。[/caption]   ● 未来を守るために僕たちができることを   「教育は、未来だ。子ども達は未来だ。 シリアの未来を閉ざすわけにはいかない」 そんな思いを持ったトルコで出逢ったあるシリア人の青年は、 他から支援が届かないシリア国内の学校を支援していました。 自身が「難民」で、生活することさえ大変な中で、 彼はシリア国内に残っている子ども達、数百人が学ぶ場を守っていました。 彼の活動をサポートするため、日本に帰国後、クラウドファンディングを行ない、 180人を超える人たちにサポートをしてもらい、目標額を達成し、現地に届けました。       ● 村からの便り そのクラウドファンディングの最中、Facebookを通じて、 僕に一通のメッセージが届きました。 「覚えているかい?マンベジの村で先生をやっていたアフマドだよ」 あの小さな村で、活動以外のプライベートでも仲良くしていた友人でした。 ”無事だったんだ” こみ上げる涙を抑えて、 「もちろん覚えているよ!どこにいるの?家族は?村のみんなは元気?」 と返しました。 「今、シリアでは仕事がないから、僕は先生をしていないんだ。 レバノンで建築の肉体労働をしているよ。 家族は村にいるけど、皆、元気にしているよ。 君が仲良くしていた、あの家族も皆、元気だ」 「そうなんだ!レバノンなら行けるから会いに行くよ!」   [caption id="attachment_16872" align="alignnone" width="400"] アフマド先生が村で開いていた個人塾。[/caption]       ● 心を込めた行動の先に、奇跡がやってくる 僕がクラウドファンディングをしていたから、 彼と繋がることができたんじゃないか。 シリアの人たちを訪ねて、トルコをはじめヨルダン、イラク、ギリシャなどを訪ねたから、彼が僕の連絡先を探せたんじゃないか。 僕の心が「やるべきだ」と思ったことに従った結果に、 この奇跡は起こったんじゃないかな、と僕は考えています。   しばらくして、マンベジを占拠していたISは、クルド人部隊によって撤退し、 マンベジに平和な日常が訪れました。 アフマド先生はシリアの村に戻り、先生の仕事に復帰しました。 レバノンには、彼の弟がいるとのことだったので、 (弟とも面識があったので)彼を訪れました。 村の人たち数人も、レバノンに「出稼ぎ」という形で在住しており、 僕がよく知っている家族とも再会できました。 そして、村に残る家族の結婚式の写真を見せてくれました。 僕が村で一番仲良くしていた女の子の美しい花嫁姿です。 この奇跡をもたらしてくれたのはきっと、 待っていたからではなく、行動していたからだって、そう信じています。   [caption id="attachment_16884" align="alignnone" width="400"] 村の少女の花嫁姿。結婚式を挙げられるほどに状況がよくなった[/caption]       ● 空爆の後に 2018年4月、シリアへの空爆が行なわれました。 シリアの人たちは大丈夫なのか、様々なシリアの人たちに安否を確認しました。 「僕も僕の家族も大丈夫だよ。 心配をしてくれてありがとう」 そんな返事が届く中、アフマド先生から、こんな返事が届きました。 「ありがとう。 僕たちも、家族も皆、元気だよ。 今、子ども達の教育のために動いているんだ。 僕には将来の目標があってね。 アラビア語、数学、外国語、理科といった教科を学べる施設を作りたいんだ」 マンベジは空爆のターゲットとなる場所からは遠く離れています。 とはいえ、シリアにはまだ、IS以外にも活動している武装組織やトルコ軍との紛争など、 様々な不安要素があり、予断はできません。 しかし、こうして、未来を描ける安定と余裕が生まれていることは、 一つの希望のように思います。 同時に、「そんな希望を無慈悲に踏みにじるような暴力があってはいけない」という思いを新たにしました。   [caption id="attachment_16881" align="alignnone" width="400"] レバノンにてシリアの家族達に再会。僕の撮った懐かしい写真を眺める[/caption]     ● 僕たちができることはなんだろう 日本以上に平和で豊かだったシリアでさえ、 「未曾有の人道危機」の渦中にあります。 文字通り、「何が起こるかわからない時代」です。 その中で僕たちができることはなんでしょうか。 思考停止にならないこと。 今を大事に生きること。 そして、大切な人を大切にすること。   もし、その中で僕たちの活動も一緒にしたい!と思ってくださったら、ご一報くださいませ。   ・シリアを伝える、学ぶ(講演・写真展・勉強会など) ・支援が届かない地域への教育支援(広報・ファンディング)   その中で、皆さん一人ひとりの個性や想いが発揮できることで、 一緒に力を合わせられたら、幸いです。     http://piece-of-syria.org/contact/     5月26(土)27日(日) 福岡にて報告会イベント予定 詳細は近日中にお伝え致します。         ...

    僕が平和なシリアに住んでいた時、お世話になったシリア人スタッフのQさんは、 僕がFacebookで誕生日や結婚式の写真を挙げるといつも「おめでとう」とコメントをくれます。   今もダマスカスに住む彼に連絡を取ると、彼も彼の家族も無事であることを教えてくれました。     確認できてよかったとボイスメッセージのアラビア語で伝えると 「綺麗なアラビア語ですね!あなたの優しさにとっても幸せです。 このメッセージを友人達にも届けました!」と返事が返ってきました。     [caption id="attachment_16862" align="alignnone" width="332"] ダマスカスのQさんから送られてきた動画のキャプション[/caption]     先日伺った、安田菜津紀ちゃんの写真展で書かれていた、あるシリア人のメッセージ。   「私たちを苦しめてきたのは、これだけのことが起こりながら、 関心を寄せてないという無視されている感覚なのです」       Nakano Takayukiさん(@hemuri.syria.love)がシェアした投稿 - 2018年 4月月15日午前1時13分PDT           僕の周りのシリアの友人達とその家族で、昨日の空爆による被害は聞こえてきません。     シリアへの攻撃のニュースを聞いて、思考停止しそうになるほど、心が揺さぶられた。今、シリアに生きる友人達や現地支援をする仲間からは、無事であること、本格的なものでは無いようだ、との返事が来た。大きなことはできないかもしれないが、小さくとも一人ひとりの命に寄り添い続けたい。— へむり。@シリア国内への教育支援 (@takayuki18aug) 2018年4月14日       ですが、8年目になるシリア危機の中で、様々な悲しい出来事がありました。 それに対する無力感と僕たちは向かい合っています。     ただ、こうして関心を寄せること、 共にできることを模索し、力を合わせること、 小さくても、僕たちができることはきっとあります。   僕たちは、微力だけど、無力じゃない。   この言葉を胸に、引き続き、行動続けます。         「私たちに何ができるだろう?」と言ったとき、私たちは現場で頑張るその団体を支えることができます。…と言った内容の話を堀 潤さん@8bit_HORIJUN がお話しされてて、本当に!と思いました。僕たちは小さな団体ですが、現場の人たちの為に動き続けたいと思います。 https://t.co/u9Z2OsYEdq— へむり。@シリア国内への教育支援 (@takayuki18aug) 2018年4月13日     今からご支援をお考えの方も大歓迎です! (ゆうちょでもリターンもお選びいただけますので、ご連絡ください)   ・ネットでのご寄付   ・銀行口座でのお振込 ゆうちょ口座 ピースオブシリア        店名 408(ヨンゼロハチ)        普通 4328753   ※お手数ではございますが、報告書や報告会のご案内を送らせて頂きますので、 お振込みの場合は  ・メッセージ、DM  ・メール(piece.of.syria@gmail.com)  ・問い合わせ(http://piece-of-syria.org/contact/) まで、ご一報くださいませ。         ● 今回のクラウドファンディング以前までの収支報告 (2016年10月〜2017年10月) となりました。      ...

    アッサラームアライクム! Piece of Syriaのへむりです。   駐在していたUAEから、日本へ本格帰国いたしました。     [caption id="attachment_16833" align="alignnone" width="300"] UAEでの仕事風景[/caption]     帰国した時には、桜はほとんど散ってしまっていましたが、 桜が好きな妻と、1週間遅れの誕生日デートで、桜にまつわるスイーツを巡って来ました。   [caption id="attachment_16840" align="alignnone" width="500"] シリアの春に咲くアーモンドの花[/caption]    駐在員として勤めさせて頂いた会社の温情で、 日本への帰国も多く認めてくださっていたので、 この一年、妻と会う時間も少なくはなかったのですが、 これからもそばにいれると感じられるのは、本当に嬉しいです。   Nakano Takayukiさん(@hemuri.syria.love)がシェアした投稿 - 2018年 4月月7日午後9時41分PDT   僕個人としては、住まいは東京に移し、Piece of Syriaの活動をメインに、 講演・写真展の企画などを実施していきます。   国内、様々なところで活動をしていければと思っていますので、 是非、お声がけいただければ幸いです。         シリアを巡る情勢は、相変わらず予断を許さず、 また、情報は非常に錯綜しています。   (「化学兵器」をどちらが使ったのか?など)   アサド政権が化学兵器を使わなくても、ロシアの援助ですでに戦況は有利に進んでいる。 アサド政権が化学兵器を用いたという根拠がわからん。 アメリカは慎重になるべき。 https://t.co/wwy7QYIDci — Maki Sato (@maki_sato_JIM) April 10, 2018       シリア北部に住む、シリアの家族たちとは、絶えず連絡を取り合っていますが、 いつも「こちらは大丈夫だよ。君の家族は元気でやってる?」との返事が返って来ます。   言えないことも多いのでしょうが、 「当たり前」という平和で幸せな毎日が続けられることを祈りながら、 できることを、これからも模索し続けて行きます。   [caption id="attachment_16837" align="alignnone" width="500"] 春のアレッポ城[/caption]   Piece of Syriaが、今までも、これからも大切にしたいことは、 「悲しみ」や「苦しみ」を訴えることではなく、 友人として、身近な存在として、皆さんにシリアの人たちを感じて頂いて、 共に生きる友人として、家族として、できることを一緒に築いていくことです。       ノーベル平和賞を受賞したマザーテレサは、 「世界平和のために、私たちができることはなんですか?」と尋ねられ、 「家に帰って、家族を大切にしてあげてください」と伝えたと言います。   僕にとっては、妻も、実家の両親も、アメリカに住む弟も、妻の家族も、 そして、シリアの人たちも大切な家族です。   大切な人を、大切に。 その先に、きっと、平和な世界を築いていく道が開けている、と信じています。     http://piece-of-syria.org/2018/03/24/powerword        ...

      アッサラームアライクム! Piece of Syriaの中野です。     講演でいただいた質問の回答について書かせて頂きます。   質疑応答(1)難民受け入れ国としての日本の心構えとは? 質疑応答(2)国際協力や難民支援などで、個人の力では限界があるのではないでしょうか?     Q. 大学生のうちにやっておいたほうがいいこと、大学生だからできることはありますか?   A. 目指したい!と思える人に出会おうとすることかな、と思います。   [caption id="attachment_16785" align="alignnone" width="500"] 大学時代にスタディツアーで訪れたフィリピン[/caption] ● 過去から未来を考えるのではなく、未来から今やることを考える   僕自身、将来やりたいことが見つからずにずっともがいていました。   正確には「国際協力を仕事にしたい」という想いがありつつも、 「現実的を見なさい」という周りからの声がどうしても気になって、 踏み込めずにいました。   僕自身の能力でやっていけるのだろうか? 将来、経済的に大丈夫なのだろうか?   そんな疑問が頭から離れずに、「今の自分でできること」から未来を考えていました。   [caption id="attachment_16789" align="alignnone" width="500"] 大学生時代に中東一人旅へ。死海で浮かぶ。[/caption]   今、その答え全てが解決したわけではありませんが、 僕の周りには「やりたいこと」を仕事にしている人たちがたくさんいます。 「ひとりではできないこと」を仲間と共に、家族と共に叶えている人たちがたくさんいます。   「やっている人がいる」というのは、可能性との出会いです。 自分の過去から未来を考えるのではなく、未来を知ることで、今やるべきことが見えてきます。     僕は大学生時代、色んなイベントや勉強会に参加し続けて、 そのつながりや、その時に学んだことは今の土台になっています。   [caption id="attachment_16790" align="alignnone" width="500"] 青年海外協力隊になる前に、周りに経験者の友人がたくさんいたので身近な仕事だった[/caption]       ● 経済的に大丈夫かどうかは、その人(家庭)次第   全員が「経済的に大丈夫」というわけではないでしょうが、 何をもって「経済的に大丈夫」なのかは人それぞれかな、とも思います。   (今、大企業に就職したり、公務員になったから絶対に安心!とは言い切れないと聞きますし)     実は、安心することを目標にすると、常に不安になります。 「安心したい」という言葉の裏側には「今、不安である」という意味が隠されているので。 (「不安を取り除きたい」も同様)   ということで、不安定な状態でも平気な人が「安定」を保てるということになります。 (この辺の話をしてると長くなるのでこの辺で!)   ただし、これは個人の場合ですので、家族がいる場合は異なります。 家族としての「大丈夫」という基準は、家族で考えて、備えていく必要はあると思います。     [caption id="attachment_16787" align="alignnone" width="500"] ドイツのシリア人難民キャンプにて。アラビア語が距離を縮めてくれる[/caption]     ● 今の自分が想像してるより、未来の自分はすごいかもしれない   出逢いは自分の限界を変えてくれます。   大学生当時の「今の自分でできること」からは、 「英語とアラビア語を使って、企業の海外駐在員をしながら、シリアのことで活動をしている」という今の自分自身は想像できません。   何しろ、語学はめちゃくちゃ苦手だったので。   「今の自分のできること」はもちろん大切ですが、未来はその延長線上とは限りません。   「思想は現実化する」というまで確信めいたことは、僕は言えませんが、 (何しろ、今の自分は想像だにしていなかったので) 「今できること」の中に、未来を閉じ込める必要はないのかな、と思います。   過去から未来を考えるのではなく、未来から今やるべきことを考えてみてはいかがでしょうか。     ● 英語は便利   このイベントでは「国際協力に関心がある大学生」がテーマでしたので、 英語の勉強や、途上国で活動する人たちを実際に訪ねてみるなども提案しました。   社会人になってから、「英語を話せたらよかった!」と言っている友人は少なくありません。   ですが、英語ができなくても国際協力団体の代表をしていたり、アフリカでビジネスをやってる人たちはいますので、「必須」ではないようです。   ただ、僕自身は(そこそことはいえ)英語ができてよかったと思っています。 自分のやりたいことと添っているのであれば、語学力はあるに越したことはありません。           <幼稚園の閉鎖を止めたもの 〜僕たちは微力だけど無力じゃない〜>     皆さんのご支援のおかげで、シリア国内の幼稚園が閉鎖を免れました。 小学校の支援も行なっています。   そして、現地から「4年間、学校に行けなかった生徒は、学校が再開しても戻ってこなくなるんだ」と聞いています。 年下の同級生に囲まれ、勉強についていけなかったりすると、行きたい気持ちがなくなってしまうそうです。   私たちは、シリアという国を復興していくのは、何よりもシリアの人たちであって欲しいと願っています。 その土台となる知識(特に、読み書き計算)が閉ざされることのないようにすることは、 微力かもしれませんが、無意味では決してないと思っています。     世界を変えるのは、いつもたった一人の想いから。   現地協力者のウサマさんがいて、彼と共に現地で動く先生達がいて、 日本で動いている僕たちがいて、それを支えてくださる一人ひとりの支援者の想いがあって、   その、どこかが欠けても、活動が動いていません。   想いをひとつひとつ、紡ぎ合わせた結果、教育という希望を、未来を、届ける活動になっています。         引き続き、支援を受け付けております。 あなたの1000円で、1ヶ月シリアの子どもが学校に通うことができます。   どうぞ宜しくお願い致します。     ● ネットでのご寄付   ・銀行口座でのお振込 ゆうちょ口座 ピースオブシリア        店名 408(ヨンゼロハチ)        普通 4328753   ※お手数ではございますが、報告書や報告会のご案内を送らせて頂きますので、 お振込みの場合は  ・メッセージ、DM  ・メール(piece.of.syria@gmail.com)  ・問い合わせ(http://piece-of-syria.org/contact/) まで、ご一報くださいませ。               http://piece-of-syria.org/2018/02/14/refugeewelcome/ http://piece-of-syria.org/2018/02/20/powerofhuman/  ...

        アッサラームアライクム! Piece of Syriaの中野です。       今回も、講演の質問について書かせて頂きます。   http://piece-of-syria.org/2018/02/14/refugeewelcome/       Q. 人と人とのつながりを大切に活動をされてきたのをすごく感じました。 ですが、国際協力や難民支援などで、そうした個人のつながりの力では限界があるのではないでしょうか?     A. 限界があります。ですが、ゼロじゃないです。     まず、こちらの写真をご覧ください。         バッグを担ぎ、初期のアップルコンピューターを持っているスティーブ・ジョブズの絵です。   これが描かれたのは、フランスのカレーという町にあった通称「ジャングル」と言われる難民キャンプです。   1990年後半から、中東やアフリカからイギリスに渡航しようとする難民・移民がキャンプを設営するようになりました。     [caption id="attachment_16754" align="alignnone" width="500"] 「ジャングル」の入り口は物々しい雰囲気[/caption]     [caption id="attachment_16752" align="alignnone" width="500"] クルディスタンの旗が掲げられたテント[/caption]     [caption id="attachment_16753" align="alignnone" width="500"] キャンプ内にはお店もある[/caption]   [caption id="attachment_16756" align="alignnone" width="500"] レストランも。食べたけどお腹は壊してません[/caption]     [caption id="attachment_16758" align="alignnone" width="500"] 3つ星?ホテルまで[/caption]             僕が訪れたのは2016年2月でしたが、同年末にフランス政府によって撤去されました。 Calais 'Jungle' evacuation begins after clashes with riot police         撤去される前に訪れた際に、僕が目にしたこの「風刺画」。 描いたのは、世界中で様々な風刺画をゲリラ的に描くアーティスト「バンクシー」です。       この作品は「シリア移民の息子」というタイトルです。 ジョブズの血縁上の父は、第二次世界大戦の後にシリアからアメリカにやってきた移民でした。 つまり、アメリカという国が、一人の移民を受け入れることなしに、アップル社はなかった訳です。   http://idea-journey.com/stevejobs/ (詳しくはここに書きました)     確かに、世界の問題、特に戦争ともなると、残念ながら現在の僕個人や個人のつながりでどうにかなるとは思えません。 しかし、「一人ひとりの可能性」を諦める理由にはならないと思います。       http://piece-of-syria.org/2017/11/26/supporteducation/     今回、皆さんのご支援のおかげで、シリア国内の幼稚園が閉鎖を免れました。小学校の支援も行なっています。   そして、現地から「4年間、学校に行けなかった生徒は、学校が再開しても戻ってこなくなるんだ」と聞いています。 年下の同級生に囲まれ、勉強についていけなかったりすると、行きたい気持ちがなくなってしまうそうです。     私たちは、シリアという国を復興していくのは、何よりもシリアの人たちであって欲しいと願っています。 その土台となる知識(特に、読み書き計算)が閉ざされることのないようにすることは、 微力かもしれませんが、無意味では決してないと思っています。   ノーベル平和賞を受賞したマララさんが伝えていました。   「 一人の子供、一人の教師、一本のペンと一冊の本が 世界を変える事になるのです」         世界を変えるのは、いつもたった一人の想いから。     現地協力者のウサマさんがいて、彼と共に現地で動く先生達がいて、 日本で動いている僕たちがいて、それを支えてくださる一人ひとりの支援者の想いがあって、 その、どこかが欠けても、活動が動いていません。   想いをひとつひとつ、紡ぎ合わせた結果、教育という希望を、未来を、届ける活動になっています。     引き続き、支援を受け付けております。 あなたの1000円で、1ヶ月シリアの子どもが学校に通うことができます。 どうぞ宜しくお願い致します。   ● 支援の詳細   ● ネットでのご寄付   ・銀行口座でのお振込 ゆうちょ口座 ピースオブシリア        店名 408(ヨンゼロハチ)        普通 4328753   ※お手数ではございますが、報告書や報告会のご案内を送らせて頂きますので、 お振込みの場合は  ・メッセージ、DM  ・メール(piece.of.syria@gmail.com)  ・問い合わせ(http://piece-of-syria.org/contact/) まで、ご一報くださいませ。              ...

      アッサラームアライクム! Piece of Syriaの中野です。     友人からのご縁で、奈良の中学校と宇都宮大学で講演をさせて頂きました。   遠隔での講座はなかなか難しいことも多いのですが(Skypeが使えません!) 企画をしてくださったことに、本当に感謝です。   そこで教えてくださった講演の感想と、質問について書かせて頂きます。 (その時に答えられなかった内容も付け加えています)   質問については、3回に分けてブログにアップさせて頂きますね。     http://idea-journey.com/uaemobile/               ● 講演の感想 〜紛争前のシリアを伝える意味〜   シリアに、どのようなイメージをお持ちでしょうか?   僕がシリアの話をする前に聞く質問です。 様々な答えがあるかと思いますが、その後で話す僕の体験談を聞くと、 多くの方が「行ってみたくなった」との感想を持ってくださいます。     ”メディアを通して「対立・紛争」ばかりがクローズアップされてしまうけれど、  今日の話を聞いて、かつてはこんなに優しく、思い遣りを持った人たちがいたんですね。  ニュースでは見えない、国民性や平和だった頃の生活を知れて良かったです”     [caption id="attachment_16729" align="alignnone" width="500"] アレッポ城で修学旅行生たちと[/caption]   [caption id="attachment_16731" align="alignnone" width="500"] 先生どころか生徒達が子どもを学校に連れて来ていました[/caption]   [caption id="attachment_16730" align="alignnone" width="500"] なにげない日常という幸せ[/caption]     派手な事件でもなく、ただの日常風景をお伝えすることで、 私たちの今の「当たり前」の生活という奇跡、平和の大切さを感じていただけたらと願っています。   そして、身近に感じてもらえたシリアの平和を願ってもらえたら嬉しいです。     <講演依頼は問い合わせから!>   講演の感想はこちらをご参照ください  http://idea-journey.com/impression/     Q. 日本が難民のホストコミュニティ(受け入れ国)となる可能性もあるわけですが、  ホストコミュニティとしての心構えってなんでしょうか?     A. 僕たちだって、難民になるかも知れないっていう想像力じゃないでしょうか。   スウェーデンで出逢ったシリアの人は、シリアでは、難民支援の仕事をしていました。   今は、世界最大の難民出身国になってしまったのですが、 かつて、シリアは世界最大の難民受け入れ国だったのです。   <2010年末、人口の6%にあたる160万人の難民を受け入れていた(UNHCR調査)> 参照:When Refugees Went to Syria (The Atlantic)     いわゆる「アラブの春」と言われる運動がチュニジア、エジプトで起こった際も、 シリアに飛び火するとは想像していませんでした。 始まった後もすぐに終わると思っていましたが、今もなお、戦火の中にあります。     また、僕がいた当時、シリアは日本よりも治安が良い国でした。 (10万人あたりの犯罪遭遇率で比較すると20倍。体感的にも、治安の良さは感じました)   参照:犯罪率統計-ICPO調査     自分の国に帰れなくなるなんて、想像しにくいですよね。   先ほどのシリアの方も、鞄ひとつでヨルダンに行って帰れなくなったんだそうです。 ヨルダン〜シリア国境の行き来は、日常的なもの(陸路で国境を接していない日本では想像しにくいですが)。   家族に「行ってきます」と普通に出かけて、 帰ろうとした時に、家族から「今は帰ってきてはいけない」と言われて、そのままヨルダンで滞在。 そのまま1年経った頃、ヨルダンで仕事ができなくなり、次はエジプトへ。   [caption id="attachment_16738" align="alignnone" width="500"] 難民キャンプに住む難民は10%程度。90%は街中で生活しています[/caption]   [caption id="attachment_16737" align="alignnone" width="500"] 難民に労働許可が出ないヨルダンでは、監視の目をぬって児童労働も[/caption]       そこでも仕事が大変になったので、密航業者に大金を支払い、命からがら地中海を超えて、 そこからは陸路でスウェーデンに向かい、そこで生活を余儀なくされます。   「行ってきます」と行った日から、自分の家には帰れていません。   [caption id="attachment_16736" align="alignnone" width="500"] 9ヶ国語で書かれている難民申請書(スウェーデン)[/caption]     難民がスマホを持っていることに驚く人もいるようですが、 「難民がスマホを持っている」わけではなく、 「スマホを持って生活をしていた人が難民になっている」んです。     加えて、国を逃れてヨーロッパを目指す難民の人たちにとって、スマホは生命線。 彼らを支援する赤十字・赤新月の人が教えてくれたのは、道中に彼らがもっとも欲するものは、 食料や薬ではなく、充電とWi-Fiだったそうです。     縁もゆかりもない地域ではなく、すでにヨーロッパに到着している親戚や友人を目指す必要があること、 国境が急に閉ざされる不安定な情勢のなかで、入れるルートを知る必要があること、 平和な頃から、毎日のように連絡を取る濃い家族関係の人たちなので、残った家族との連絡をしたいこと…。     [caption id="attachment_16739" align="alignnone" width="500"] ヨーロッパに向かう難民の入り口ギリシャのレスボス島の難民キャンプ前にはSIMカードの販売店が[/caption]     [caption id="attachment_16740" align="alignnone" width="500"] レスボス島の難民キャンプ前にあったお店(2016年。2017年に行った際は撤去されていた)[/caption]     [caption...

    アッサラームアライクム! Piece of Syriaのへむりです。     先日、参加したBBQで、日本の新聞社の方とたまたまお会いしました。 僕の大阪時代の友人と、共通の友人で、Facebookで僕のことを知って下さっていて、 僕の顔を見て、声をかけて下さりました。   なんて狭い世界!!!         ● 僕たちの知る昔のシリア   支社に行かせていただき、同僚のシリア人の方とお話をさせて頂きました。   2時間ちかく、ほぼノンストップ…。シリアの方と話すと話題は尽きません。     「シリアに住んだことがある」というだけで共通点が生まれることもありますし、 お会いした方もそうでしたが、シリアの人たちは総じて本当に聡明で、 僕のアラビア語力に合わせたアラビア語を話してくれることも一つの理由かなと思っています。   改めて、シリアという国が培って来た教養や文化を思い知ります。         「フスハー」というアラビア語の標準語(聖典クルアーンで使われている古来からの書き言葉)に、 シリアの「アンミーヤ」(方言・話し言葉)は近いです。   また、フスハーを街中で出会う人たちでも知っていることが多いため、 シリアはアラビア語学習者にとっては本当に良い国でした。   しかも、物価も安く、治安もいいです。 カフェで荷物を置いて、トイレに行こうが、盗られることはなく、 ポケットから財布が見えていたら、逆に注意されるくらいです。     [caption id="attachment_16707" align="alignnone" width="500"] ダマスカスにあるシーア派の聖地[/caption]     また、今のニュースで言われるような「宗派争い」みたいなものは皆無。 昔もそうですが、戦争が始まってから出逢ったシリアの人たちに、 その話をすると、口を揃えて「全くなかったね」と言います。   そして、残念そうに、「今は、争いにはならないまでも、警戒しちゃう…」と。     [caption id="attachment_16708" align="alignnone" width="500"] 世界最古のモスク「ウマイヤードモスク」[/caption]     平和な頃のシリアを知ることは、戦争の悲しさに改めて気付く機会になると思います。       今年からはより活発に、講演活動や写真展などを実施して行きますので、   お声がけ、どうぞ宜しくお願い致します!       (先日も、2年前に講演をした関西の高校から、どうしても!と言っていただきました。    昨年は、UAEにいたため、お断りさせて頂いたのですが、リピーター多いです!)   申し込みは、お問い合わせより承っております。           [caption id="attachment_16710" align="alignnone" width="500"] ホムスの教会。教会とモスクが隣り合う風景もシリアでは珍しくない[/caption]           ● 今、シリアは良くなりつつある         聞くと、シリア国内の状況は良くなりつつあるそうです。       毎年、イード(ラマダン明けのイスラム教の新年のようなもの)に帰国しているそうで、   一時期は水道が全く止まってしまったり、停電が長時間になっていたそうですが、   今は、首都ダマスカスに限って言えば、安定しているようです。         カシオン山から見たダマスカスの夜景。今はこの景色が観れる場所は通行禁止だそう     去年、僕が訪れたヨルダンの難民キャンプで「半数近くがシリアに帰ったよ」と、 (数字はちょっと怪しいまでも)シリアに帰る人たちが多くなったとは聞いていましたが、 そうした「難民」となった人たち以外の、 「移民」としてサウジなどの湾岸諸国で働いていた人たちもシリアに帰りつつあるそうです。     長引く戦争で、家などが無事かどうかが、帰国できる一つの基準になってしまうそうですが、 シリアに残る家族が「帰っておいで」と言えるまで状況は良くなるというのは嬉しい話です。     [caption id="attachment_16712" align="alignnone" width="500"] レバノンの八百屋さんに並ぶシリアの野菜[/caption]     肉は高価でなかなか手に入らないまでも、野菜は安定的に供給できているようです。 僕が2016年に訪れたレバノンの八百屋では、「並んでる野菜のほとんだがシリア産だよ」と言われました。 本来、シリアは、野菜が豊富に採れた国でした。     [caption id="attachment_16241" align="alignnone" width="500"] 自給率の高いシリア[/caption]     長期化する難民生活、増大する難民人口は、受け入れている国も疲弊させている状況にあります。 また、ヨーロッパや湾岸諸国など、シリアを知らない人たちが「シリアより豊かだ」と考えがちな国にいても、 「シリアは天国のようだった」と、受け入れてくれた国に感謝を表現しつつも、シリアの豊かさを懐古するほど。     [caption id="attachment_16713" align="alignnone" width="500"] スウェーデンの難民申請には9ヶ国語で解説が。多くの国から難民が来ていることを物語る[/caption]     まだトルコのクルド人との領土問題に端を発していると思われる、シリア侵攻により、 シリア北部は過酷な状況にありますが、首都を中心に落ち着きつつあるのが、今のシリアの状況だそうです。     ※ 難民と移民 難民とは、紛争や人権侵害から住み慣れた故郷を追われ、逃げざるを得ない人びとのこと。(難民支援協会HPより) 移民とは、自由意志に基づき、平和的に生活の場を外国に移して移住する人のこと(ブリタニカ国際大百科事典より)   また、僕が難民の人たちを訪ねてヨーロッパを周っていると、 難民の定義である「戦乱、民族、宗教、思想、政治」を理由に国を出ているわけではないが、 経済困窮を理由に、自国を出てヨーロッパに向かう人たちとも多く出逢った(「経済難民」と言われる)。     [caption id="attachment_16716" align="alignnone" width="500"] 子ども達に温もりを届けることができました[/caption]   ● 僕たちが活動を続けていくことの意味   シリアの状況は良くなりつつあります。 ですが、全ての場所ではありません。     私たちが支援をしている学校とその周辺地域では、今もなお、寒さに震えながら、 無給で先生たちが授業を続けざるを得ない環境にあります。   先日のクラウドファンディングで、皆様のおかげで、 学校2校と幼稚園が継続するための大きな力になりました。   ですが、この地域における状況の厳しさはむしろ厳しくなっており、 現地からは「どうか、これからも続けて欲しい」との連絡が来ております。     私たちの願いは、シリアに平和が再び訪れること。 そして、シリアの人たちの手で、それを実現するためのお手伝いをするのが、 僕たちの役割だと思っています。   豊かな文化に育まれたシリアの人たちの教育のため、 皆様と一緒にこれからも歩み続けられたら嬉しく思います。     こちらのサイトで、引き続き、支援を集めていますので、 是非、ご検討のほど、宜しくお願い致します。     [caption id="attachment_16684" align="alignnone" width="500"] 私たちができることはきっとあります[/caption]            ...

アッサラームアライクム!Piece of Syriaのへむりです。   トルコとシリアの現場をつないで活動をするウサマさんと、現場についての色々と話をしています。   ご支援いただいた方々へのレポートを作成する上で、 頼んでいた資料や写真などについて、考え方の行き違いがどうしても起こります。   そこはなんとか、日本人感覚になってもらうべく、一生懸命、説明をしていますが、 そこで生じるタイムラグがあり、皆さまへの発送が、予定していた時期より遅れております。   誠に申し訳ございません。 皆さまからお預かりしましたお金は、きちんと現地の子ども達の笑顔のため、未来のために、 大切に使わせていただいておりますので、その点はどうかご安心下さいませ。         また、先日の札幌の講演について、企画してくださった和田さんのレポートが公開されています。 [caption id="attachment_16682" align="alignnone" width="500"] Oriental Shop CHAKA*「シリアを感じるNight~お話しと踊りの夕べ」のお礼[/caption]       是非、ご覧になって下さいませ! トークイベントの第二弾、是非やりたいですね!     こちらは僕が書いたレポートです↓ http://piece-of-syria.org/2018/01/24/hokkaid/    ...

  アッサラームアライクム! Piece of Syriaのへむりです。   先日、初の札幌での報告会イベントをさせていただきました。 僕が初めて札幌を訪れたのが20年前。   ほとんど縁がなかったはずの北海道、札幌で、 「みんたる」という素敵な雰囲気の会場を満員にするほどの 多くのお客様に耳を傾けていただけたことを、本当に嬉しく思っています。       僕たち、Piece of Syriaの役割は2つ。 「今と昔のシリアを伝えること」 「支援が届きにくいシリア国内の教育支援」です。         ●シリアが行ってみたい国になる   僕の昔のシリアの話を聞いた後、多くの方にとって、 「シリアに行ってみたい!」という感想を持っていただきます。   シリアはニュースでしか知らないと、どうしても「危険」「恐ろしい」 といったマイナスイメージがつきまとってしまいます。   しかし、滞在した人たちにとって「当たり前」だったのが 日本の「おもてなし」が霞むほどのおもてなし。   その優しさや温かさに、間接的ではありますが、触れていただくことで、 「平和の大切さ」を感じてもらえればと思って、お伝えしています。     [caption id="attachment_16685" align="aligncenter" width="500"] 1月には学校での講演も行ないました。[/caption]     ● シリア国内への支援活動   シリア国内外で多くのNGOや国連機関が活動しています。 私たちは、それらの支援活動から漏れてしまっている、シリア国内の地域にある 学校の支援を行なっています。   <私たちが支援する学校は?>   http://piece-of-syria.org/2017/10/25/school/     先日、クラウドファンディングを行いましたが、 今もなお、現場は資金不足の中にあり、ご支援をいただきましたら、   まとめて送金をし、子ども達の未来のため、希望のための教育支援に使わせていただきます。   どうぞご協力のほど、宜しくお願い致します。   https://pieceofsyria.thebase.in   [caption id="attachment_16680" align="aligncenter" width="500"] シリアの現場から送られてきた届いた支援の写真[/caption]     ● 初めての札幌講演を終えて   僕が札幌での講演をするきっかけになった二人のキーパーソンがいます。   1人は和田真代さん。 僕が作ったシリアの動画をシェアをしていただいたお礼を送って、 その後、クラウドファンディングでご支援をしてくださったのがご縁。   「是非、札幌に来ることがあったら、講演を」と言って下さっていました。 http://chaka.thebase.in     その札幌に来る機会となったのが、1年前に入籍をした妻との結婚式です。   東京と大阪と、実家が離れていること、 美味しいもの、温泉が好きなこと 安藤忠雄が好きなこと・・・から、 北海道のトマムにある「水の教会」で挙式をあげることに。     冬の時期に休みが取れない、アメリカに住む弟が弾丸でも来れる日程である1月の頭にして、弟と婚約者ともに招待をさせてもらいました。   僕がUAEで日本企業の駐在員として、妻は国際協力の仕事で東京にいることから、遠距離恋愛から遠距離夫婦として暮らしながら、準備をするのは、簡単ではありませんでしたが、なんとか無事に、当日を迎えることができました。       その後、妻の家族と一緒に北海道旅行までできまして、 そのような余暇をくださった今、僕が勤めている会社には頭が上がりません。           ● 新たな思い出の地に   北海道で、本当に素晴らしい時間を過ごすことがができました。 夫婦としての思い出の地となった北海道、是非また、別の時期にも訪れて行く予定にしています。   そして何より、今回の講演でつむぐことができました、素晴らしい方々との再会のために、また北海道に行かせていただきたいです。   今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。       ...

  明けましておめでとうございます。 Piece of Syriaのへむりです。     私ごとではございますが、2016年末に入籍した妻と、 来週、家族旅行を兼ねて、北海道で挙式を行ないます。       お互い、手作りでおもてなしをするのが好きな性格ですので 妻と一緒にいるときは、切ったり貼ったり、買い物に行ったり。 一緒にいないときは、お店で写真を撮って送ったり、諸先輩がたのアイデアをネットで検索しております。   イベントを一緒に企画したり、友人たちと作ったシェアハウスで暮らしていたこともあり、お互いが考えることを把握したり、好みや考えることが似ているので、すごく楽しいです。       北海道に行く機会がありましたので、北海道でイベントもさせて頂きます。   私たちの活動をご支援くださっている、アラビアン雑貨を販売されている和田さんと シリアの動画を通じて、つながることができました。             縁を繋いだシリアの動画       それが1年半前で、今回北海道に行くことをお伝えしたところ、イベントを企画して頂きました。 1月11日、札幌で行ないますので、是非、お近くの方はいらっしゃってくださいませ。           ★日時:2018年1月11日(木)19~21時  ★料金: 予約1,500円 当日2,000円(1ドリンク付き)    ※終了後に懇親会あります! ★詳細→http://piece-of-syria.org/2017/12/12/sapporo/   人と人との縁というのは、本当に不思議ですね。 和田さんと共通の友人、モロッコの協力隊のますみんは、妻が協力隊の訓練所で仲が良く、 僕がモロッコに行った際も1日カサブランカを案内してくれた縁があったり。   世界は広くて狭い。 いつもそんな想いに駆られます。             そして、シリアの人たちに会いに行った旅で、ヨルダンで出逢った甘利琢磨くん。 当時、ヨルダンで、青年海外協力隊として、作業療法士としての活動を行なっていました。 僕がお世話になったNGO「JIM NET」のワークショップで、一緒の場にいる機会に出会いました。 (シリア・ヨルダンの作業療法士の技術を向上する活動)     隊員の任期を終えて日本に帰国後も、シリアの方々のために活動をする機会を模索し、 現在、クラウドファンディングに挑戦中です。  →https://readyfor.jp/projects/privatepeacesolution         彼の熱い想いに、是非触れてください! 彼のクラウドファンディングのリターンとして、私たちへの支援も準備してくださっています。 また、現地のオリーブオイルは別格に美味しいので、是非試して頂きたいです!                     先日も大阪のスタッフと活動についての打ち合わせを行ないました。 これからもより良い形で、現地の子ども達に未来を、希望を届けられる活動を行ない、 皆様と現地をつないでいきたいと思います!         それでは、本年もどうぞ宜しくお願い致します!!!           ...