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Piece of Syria(ピースオブシリア) | へむり。
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へむり。

  アッサラームアライクム!Piece of Syriaのへむりです。   5月9日〜16日、難波にて「報道されない写真展ーシリアの声を聴くー」を実施、 そして、5月11日、中之島の「かわるフェス」に出店して参りました。 写真展の来場者は100名ほど、 かわるフェスを含めたご寄付・グッズ売り上げを合わせると、190,393円となりました!   ご支援いただいた皆様、会場のハラールレストランNagomi様、 設営・受付などご協力いただいた皆様、本当にありがとうございます!   普段はレストランの日本家屋にほっこり 設置・受付を手伝いに来ていただきました たまたま同じタイミングで来られた方同士で仲良くなることも! ●アラビアンコーヒーが大好評!! 今回、アラビアンコーヒーマイスターの鬼丸 武士氏に福岡から来ていただき、 「かわるフェス」ブース、トークイベント参加者にふるまってもらったのですが、 声を揃えて「わぁ!美味しい!!」と大好評でした! アラビアンコーヒーは、カルダモンが入っていて、ちょっと癖があります。 僕は好きですが、「好みがわかれちゃうんじゃないかな?」と思っていたのですが、 満場一致の「美味しい!」   鬼丸さんは、普段は九州で活動をされています。 アラビアンコーヒーを通して、アラブの文化を知る、 イメージとは違う、リアルな体験談を聞く・・・という、とっても素敵な活動をされています! <イベント情報は、鬼丸さんのfacebook、もしくはこちらのサイトから>   クロストークにたくさんのお客様来ていただきました トークイベント終了後も、参加者同士で交流が生まれていました! ●写真展・トークイベントが伝える「報道されないシリア」 ご来場来てくださった方々に、たくさんのご感想をいただきました。 「もっと知りたいと思うきっかけになりました」 「『シリア=戦争』のイメージしかなかったのですが、 争いが始まる前にこんな豊かな生活や思想があったことを知り、 またそれが戦争によって壊されることを現実的にイメージすることができました」 「メディアではほとんど報道されていないことばかりで戸惑いました」 「シリアでの美しい景色、人々の温かみ、そして彼らが過ごしている日常を少し知って、そのイメージを壊すことができてよかったです。  シリアが少し身近なものになりました。来て良かったです」 「シリアという国、そこに住む人々、暮らしの美しさを感じることができました。本当に行きたくなりました」   noteにご感想を書いていただいた方も!        どうしても、戦争が始まった後にシリアに関わった方が多い中、 平和だった頃のシリアが伝えられることは、非常に限られています。 そうした報道や活動の結果、 「想像もできない」「問題が複雑でわからない」と、 「シリアは、僕たちとは無関係な話」になってしまい、 「怖いね、と言ってディナーを続けるだけ」(映画「ホテル・ルワンダ」の台詞より) となりかねません。(もちろん、そうした話を伝えるのも大事なことですが)   シリアの人たちが、私たちと変わらない生活をしていた、 むしろ私たちが尊敬するところがたくさんある人たちだと感じてもらいたいと思っています。 「かわいそう」という他人事から、皆さんにとって「気になる国」「行ってみたい国」になり、 身近なこととして「考える」きっかけを届けられたらと幸いです。   写真展内に掲示したメッセージ   ●「かわるフェス」からご寄付をいただきました! 中之島公会堂で行われた、社会貢献に楽しく関わることを目指して開催された「かわるフェス」。 著名なインフルエンサーのトークイベント、野外パフォーマーが混ざるイベントで、 私たちは鬼丸さんのアラビアンコーヒーと一緒に出店しました。 アラビアンコーヒーの不思議な器に吸い寄せられるように、ブースを覗いてくださり、 アラブの話、活動の話に耳を傾けてくださりました。   素敵なコーヒーカップはイスタンブールで購入したそう 見た目も目を惹く二人でした   また、「かわるフェス」のチケット売上の一部を、関西の4団体に寄付する、という取り組みで、 その限られた寄付先として、Piece of Syriaを選んでくださりました。 https://twitter.com/musubu_power/status/1111389965798133767 https://twitter.com/gan0918/status/1111427318214361089   写真展会場として、場所を提供してくださった、ハラール神戸ビーフ Nagomiさんから、 シリア国内の私たちの支援する学校・幼稚園に、断食月(ラマダン)の、 断食明けのご飯(イフタール)をご寄付いただきました。     この投稿をInstagramで見る   We are hosting charity event to raise more money to help Syrian education! 🇸🇾☺️🇯🇵💕 #halaljapan #halalosaka #halalosakafood #halalkobebeef #halaljapanesefood #halaljapanese #halaljapaneserestaurant 当店はシリアの教育支援の為、チャリティーイベントを開催しています!🇸🇾☺️🇯🇵💕 #ハラール #ハラール大阪 #ハラール日本 #ハラール神戸牛 #ハラールレストラン #ハラールフード #ハラール認証 #ハラール認証店 Halal Kobe Beef Nagomiさん(@halal_kobe_beef_nagomi)がシェアした投稿 - 2019年 5月月15日午前9時28分PDT   実際に届いたイフタールの風景@シリア   加えて、今まで私たちの活動を支えてくださっている皆様からも、新たにご支援をいただきました! 引き続き、シリアの子ども達が未来に希望を持てるよう、 現地と密に連絡を取り合いながら、必要としている所に必要なものを、 大切に届けさせていただきます!     今回、最も好評だったのがフォトブックでした   http://piece-of-syria.org/2019/05/07/ramadan-2/  ...

  先週、報告書発送作業が完了しました!     お待たせしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。 報告書データを希望されたサポーターの皆様には、 順次お一人お一人にメールをさせていただきますので、 お待ちいただけますと幸いです。 皆様からお預かりしたご支援は、 報告書に記載の通り、大切に使わせていただきました。 (下記は、私がデザインした報告書で、当団体スタッフの、プロのデザイナーの修正が入る前のデザインになります。)   私個人のスケジュールといたしましては、 6月10日より1ヶ月半ほど、トルコ駐在をして参ります。 帰国後は東京・大阪を中心に活動しつつ、 報告会を札幌・京都・福岡で実施していく予定です。 シリアのすぐ近くからの情報発信は、下記にて行いますので 是非、引き続き私たちの活動を見守っていただければ幸いです。 【Facebookページ】https://www.facebook.com/piece.of.syria/ 【公式サイト】http://piece-of-syria.org/blog 【instgram】https://www.instagram.com/piece.of.syria/ シリアをめぐる状況は、予断を許しませんが、 これからも、私たちはシリアの人たちの希望を絶やさないために活動を継続していきます。 どうぞ宜しくお願い致します! 中野貴行         http://piece-of-syria.org/2019/05/07/ramadan-2/  ...

中東って、アラブって、怖くないの? そんな不安がふっとんじゃう、笑える”移住系”トークライブ!   「子どもの頃に抱いた夢を、大人になった自分が叶えてあげなければならない」   その想いから青年海外協力隊としてアラブに住み、 今、”好き”を仕事にする生き方に挑戦中! 「ひたすらおごってもらったので、恩返しで活動しています」という2人。   ヨルダン北部シリアとの国境がある街マフラックで、理学療法士として活動。 帰国後に「僕がみてきた中東、ヨルダン。」を出版し、日本縦断ツアーを実施。 日本初のアラビアンコーヒー専門のターメルコーヒーを始め、 中東の魅力を伝える活動を行なっている、鬼丸 武士。
   シリア北部マンベジ市で、青年海外協力隊コミュニティ開発として母子保健プロジェクトに従事、 学校、モスク、役場、村に入り浸り、「シリア人みたいだな」と言われる活動を実施。   シリアで戦争が始まった後は、難民となったシリア人を訪ねる旅に出たり、 シリアの子ども達への教育支援の団体を立ち上げ、 トルコの現場では、シリア人と共に仕事をする日々を送る、中野貴行。       ・中東に住むってどんな感じなの?(ヨルダン、シリア、UAE、トルコ) ・なんで好きになっちゃったの? ・青年海外協力隊って、どんなことするの? ・青年海外協力隊って、帰ってきたらどうなるの? ・どんなふうに好きを仕事にしているの? ・アラブの「おもてなし」ってどんな感じ?     行かず嫌いはもったいない! 思わず行ってみたくなる!? 幸せに生きるヒントが盛りだくさんの時間をお届けします!
     ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【場所】「報道されない写真展ーシリアの声を聴くー」内     ハラール神戸ビーフNagomi  大阪市中央区日本橋2-12-21 (なんば高島屋から徒歩10分、日本橋駅から徒歩6分) <span data-mce-type="bookmark" style="display: inline-block; width: 0px; overflow: hidden; line-height: 0;" class="mce_SELRES_start"></span> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
【日時】 5月12日(日)13:00〜14:15 
5月13日(月)19:00~21:00   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  【ご注意】 ・ハラール認定されているレストランのため、飲食物のお持ち込みはご遠慮下さいませ。 (アルコール、豚肉など) ・もし、ご飲食される際は、イベントの前後、レストランの外でお願い致します。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  【参加費】1500円(Piece of Syriaご支援者様、学生 500円)  ・ヨルダンでアラブコーヒーを学んだ鬼丸氏によるアラブコーヒー付き
  ・要予約(予約後、自動返信でメールが来なかった場合はお問い合わせくださいませ)  ・参加費は当日、会場でお支払いくださいませ。   
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【講演者プロフィール】   ●中野 貴行(シリア支援団体 Piece of Syria 代表)    大阪生まれ。2008~10年、青年海外協力隊としてシリア北部の町マンベジにて、 母子保健活動プロジェクトにコミュニティ開発として従事。 
 2015年より、中東・欧州10カ国を計半年かけて 難民となったシリア人や支援団体100人以上から生の声を聞くために周る。 ヨルダンに滞在中に、青年海外協力隊として活動していた鬼丸氏と出逢う。 
 2016年、Piece of Syriaを創設。「シリアを行きたい国にする」を目標に、 復興の主体であるシリア人の土台作りのためのシリア国内向けの教育支援と、 シリアの今と昔を伝える講演・写真展などの啓発活動を日本で行なう。 
2017年から日本企業のUAE駐在員を兼務(2018年まで)、 2018年からシリア難民支援団体の専門家として、トルコ南部で駐在員を兼務。 国際協力を志事にするアフリカ大好きな妻とは、ときどき遠距離夫婦生活中。   https://twitter.com/hemuri_ www.instagram.com/hemuri.syria.love/ 

 ●鬼丸 武士 氏(日本初アラビアンコーヒー専門店ターメルコーヒー代表/NPOグラリオ理事)  福岡生まれ 。2015-2017年ヨルダン北部シリアとの国境がある街マフラックで理学療法士として活動。 二年間の中東生活によりアラブ人の温かさに魅了され、メディアで伝えられる中東のイメージと実際の現地生活の大きなギャップに気付く。   2017年帰国後より、彼らの魅力を伝えるために全国で講演会活動やイベントを開催。 2018年10月には自身の活動をまとめた本「僕がみてきた中東、ヨルダン。」を出版し、その記念として日本縦断ツアーを軽トラ1台で敢行。北海道から九州まで15日間で13カ所のトークイベントを行う。   2019年3月より日本初のアラビアンコーヒー専門のターメルコーヒーを始める。 アラブコーヒーや現地の料理を通じて中東の魅力を伝える活動を行なっている。
 
 https://love-jordan.com 
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 【主催団体】Piece of Syria 
 「ひとかけらをひとつなぎに」をコンセプトに、 一人ひとりのチカラが発揮できる世界を目指して、2016年5月に設立。 
 紛争により、パズルのPieceのようにバラバラになってしまったシリアを、 再びPeaceにしていくため、シリア国内の教育支援と平和教育活動を行なう。 
 シリアの子ども達への教育支援のためのクラウドファンディングを行ない、 継続的に支援の届いていない地域にあるシリアの子ども達に教育を届けている。 2018年よりトルコに住むシリア難民向けの教育支援も開始。 
 http://piece-of-syria.org https://www.facebook.com/piece.of.syria/ piece.of.syria@gmail.com     


 
 
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  アッサラームアライクム!Piece of Syriaの中野貴行です。 現在、トルコ駐在と日本滞在を交互に繰り返しながら生活をしています。   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「話を聞いてみたい」と思ってもらうことが最初 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   今年1月の日本滞在中、広島と兵庫の高校で講演を行ないました。 学校での講演は、普段の活動報告会でお伝えしているものと違う内容をお届けしています。 というのは、報告会は「シリアのことや支援活動について知りたい」という意思を持って、 大切な時間とお金を使って足を運んでくださっている皆さんにお話しするのですが、 学校の場合は「お前、誰やねん!!」という超絶アウェイからスタートします。     講師紹介で「国際協力」「世界中を飛び回り」「シリアで教育支援を」なんてフレーズが並ぼうものなら 「あ、僕とは無関係な、堅いマジメな話に違いない!」となる生徒さんが98%を超えます。   国際協力に関わる人なんて、日本でほとんどいません。 日本のパスポートは今、世界で一番ですが、その取得率は23%で、 そもそも海外に行くということが、「身近」ではありません。 なので、僕がお伝えする内容は、生徒さんにとって、 身近で、自分に関係のあると感じられるものにしたいと思っています。   <Henley Passport Index>       ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 日本の子ども達から届いた感想 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「自分の将来について考えさせられました」 「今まで何回も講演会を受けてきたが、こんなにも濃い50分初めてだった」 「進路に向けて、将来に向けて、自分の行き方を見直そうと思う」 「今、私たちが当たり前だと思っていること全て感謝したい」 「自分もやってみようと思うことをできるよう行動してみようと思いました」 「中野さんは笑顔いっぱいの人でパワーを感じました。私もそんな人になりたいです」 「終わった後は、いつも白紙のメモがぎっしり文字で埋まっていた」 「毎日勉強ができる環境がどれだけありがたいことか、完全に忘れてしまっていた。もっと頑張ろうと、前を向くことができた」   と、本当に、僕が驚くような感想がいっぱい届きました。   <講演感想の一部>       ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ できなかったことができるようになる人生を ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   僕が講演のテーマにしているのは、 「当たり前ってなんだろう」「イメージと実際は違う」です。   最初に、僕の周りの人たちの変わった「仕事」を紹介して、 仕事や大人の「多様性」に気付いてもらって、 将来に対して、ワクワクする気持ちを届けるようにしています。 ペットボトルでイカダを作ったり、民族衣装でお花見をしたり、 アメリカをキャンピングカー、シルクロードを旅した話、 僕のサプライズバースデーの話やプロポーズ、結婚式やパーティーの話を伝えると、 「めっちゃいい!」と僕自身に興味を持ってくれます。   植松努さんがお伝えしてるように、 「夢とは、できなかったことをできるようにしていくこと」だと思っています。     ただ、できなかったことをできるようにすることは、簡単じゃないです。 例えば、バスケ部を3年間がんばって、将棋が上手くなる、とはならないはずです。 何を積み重ねたか。それが人生です。   英語の勉強をせずに、急に英語を話せる日は来ないわけで、 例えば、毎日2時間を積み重ねたりして、少し喋れるようになります。 (毎日2時間を積み重ねると、2/24=1/12、つまり1年で1ヶ月分になります)   五教科でダントツで英語ができなかった僕ですが、外国語大学に入り、 今では、年間の半分は海外で仕事をして、アラビア語も話せるようになって、 最近の仕事は就職活動せずに、スカウトのような形で仕事を依頼してもらっています。 「奇跡は準備した人にしか起きない」のです。     僕はシリアという国で「青年海外協力隊」として仕事をしていました。 シリアを画像検索すると、崩壊した建物や物騒な武器、押し寄せる難民などが出てきます。 「僕はその国に2年間住んでいました」というと、え?という顔になります。 そして、僕が住んでいた2008年から10年のシリアの話の平和でのどかで、 おせっかいなほど温かいエピソードを話すと、驚きと笑いを持って聞いてくれます。 「そんな国なら行ってみたい!」と思ってくれます。     ですが、2011年。シリアで起こった戦争で、その豊かな「当たり前」は一変しました。 一瞬、身近に感じたその国に起こった、あまりに急激な変化に驚きと戸惑い。 その中で、僕たちがやっている活動が届けられた希望の話をお伝えします。      ただ、そうした「誰かのために」という活動というのは、 自分自身に余裕がなければできないと思います。 (むしろ、その状態でしてしまうと、自身の心のスキマを埋めるために利用するものになると思っています)   一番大切なのは、あなた自身が、まず満たされること。   講演中にお伝えしたエピソードの中から、「当たり前」をキーワードに、 シリアの人たちや、身近な人たちから学んだ「幸せに生きるヒント」を3つお伝えするのが、 講演の軸になっています。(3つのヒントは講演のお楽しみに!)     30分ほどから2時間まで、求められる時間は違いますが、基本的にはこの流れです。 (具体的なエピソードが増えるので、長いほうが評判いいです)   日本と海外を行き来する生活はまだまだ続きそうで、 今後は海外の比重が増えていきそうな気がしますので、 こうした講演にご関心がありましたら、是非一度、ご連絡くださいませ!     http://piece-of-syria.org/2018/08/06/lecture/     ...

  アッサラームアライクム。Piece of Syriaのへむりです。 ● トルコの市民権を得る ● 中東の「難民」、欧州の「難民」 についてお伝えさせていただきます。   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ トルコの市民権を得るメリット ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   トルコ便り⑤でお伝えしましたが、トルコに住むシリア人のステータスは、 「来たばかりの人」、「Kimlik(外国人登録)」、「市民権」の3種類です。     市民権を取得するには、 ・トルコに5年住み続けていること ・トルコ語が話せること、 ・トルコにとって品行方正であること ・学歴や技術を持っていること 等、条件があります。   しかし、話を聞いていると、その条件がピッタリ当てはまる人でなくても市民権を得ていたり、 逆に取れていない人もいる、とのことです。   Kimlikがあれば、教育や医療を受けることができますが、移動の自由がありません。(参照)トルコ便り⑤   Kimlikを登録した県以外への引っ越しどころか、移動さえ難しく、 移民局の許可がなければ、県外に出られず、許可もなかなかおりないため、 仕事探しや家族に会いに、隣の町にいくことができない、という話をよく聞きます。 (日本で県外に出られない、という制約を想像してもらえたら、その大変さがイメージできそうです)   <僕らにとっては非常に便利なトルコのバス事情だが…>   トルコの市民権を得た場合、トルコのパスポートを取得することができ、 トルコ国内だけなく、日本をはじめ海外に行くこともできます。 家を購入することもできます。   トルコの与党は、シリア人に対して、無理に追い出すような政策をしていませんが、 野党はその反対の姿勢になるので、当然、シリア人を追い出すような対案を持っています。 「いつか選挙で与党が負けた際には、急にシリアに退去強制させられるかもしれない」 そんな不安もある中、トルコの市民権の取得は、 トルコに住む家族の仕送りに頼っている家族にとっても、 シリアに帰ったら徴兵制で戦前に送られるかもしれないと不安を感じている若者にとっても、 自分と家族の安定と安全を守ってくれるものなのです。   ただし、それが認められたケースは非常に限られています。 (聞いた話だと3万7000人。多そうだがトルコに住むシリア人全体の1%)     http://piece-of-syria.org/2019/03/03/kimlik/       ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 中東の「難民」欧州の「難民」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   「難民」といえば、難民キャンプに生活しているイメージをお持ちかもしれませんが、 実際には数%程度で、ほとんどが家賃を払って、都市で生活をしています。 そして「難民キャンプ」と名前がついていますが、 そこに住んでいる人たちは、実際には「難民(Refugee)」というステータスではありません。 「Asylum Seeker」(亡命希望者)というステータスです。 言い換えると、「難民になりたい」ということで、「難民」にはなっていません。   <イラクの難民キャンプ>     「難民申請」「難民認定」という言葉があるように、 申請し、認定されないと難民にはなれないからです。 シリアから国外に避難する際、周辺国のトルコ、ヨルダン、イラク、レバノンに向かうことが多いです。 しかし、それらの国では「難民」となれず、 ドイツやスウェーデン、カナダやアメリカなどで「難民」を目指すわけです。   例えば、僕が2016年にスウェーデンに訪れた際に教えてもらった例で言いますと、 難民申請から認定まで2年ほどかかりますが、 その間、語学訓練が実施され、授業に行けば生活費が支給され、家も個室(相部屋の場合も)でした。 難民認定後、5年以上定住し、安定した就労していることが認められると、国籍を得ることもできるそうです。   <スウェーデンの難民キャンプと語学学校>   シリア周辺国はまだ途上国で、ここまでの保障ができかねます。 制度が変わることも珍しくなく、いつ追い出されるかもわかりません。 就労そのものが認められていなかったり、仕事がなかったりします。 周辺国のシリア人は仕事がなくなれば「ゆっくり死んでいく」と表現している人さえいました。 トルコを除けば、国籍の付与も少ないため、特に子ども達の将来を考えて、不安だと言います。 子どもは、今住んでいる国しか知らないが、その国の国籍もないままで、その国の教育しか受けておらず、 いつしか実際の故郷にも、縁がない状態になってしまうからです。 将来への保障が感じられる「難民」と、 特に子ども達が不安定な立場になる不安が大きい「難民希望者」。     「ゆっくり死んでいくくらいなら」と、命をかけて死のリスクを負って ヨーロッパに密航する人たちがいたのです。 そして、家族を呼び寄せて、子ども達への未来を紡ぐために。   <トルコから見えるほどの距離にあるギリシャのレスボス島。かつては難民が殺到していた>      ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ シリア人は難民になりたかったのか? ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   シリアの人たちは、シリアという国が大好きです。 難民や難民希望者として受け入れている国への感謝をしつつも、 「シリアの方が豊かだったし、いい国だよな」という声ばかりです。 ヨーロッパに渡ったシリア人でさえ、その調子です。 (もちろん、そこに、三丁目の夕日的な「昔は良かった」という美化されたノスタルジーがあると思いますが) 離れ離れで暮らす家族、戻れない故郷は、いつも彼らに影を落としているように感じます。   いつか、シリアに戻れる日を。家族が集まれる日を。 僕らができることは限られていますが、 できることを、ひとつでも積み重ねられたらと思っています。   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【トルコ便り】 ①【シリアはどうなるのか?】● トルコに残る人たち  ● シリアの今 ②【トルコに住むシリア人の声】● 閉じ始めた難民キャンプ ● シリア人とトルコ人の中で起きた衝突 ③【シリアからトルコへ。トルコからシリアへ】● 難民は負担なのか? ● トルコから去りたいシリアの人たち ④【移動ができない、という日常】● トルコのバス事情 ● シリアの中のトルコとクルド ⑤【シリア人のIDと医療と教育】● トルコに住むシリア人のID      ● 医療と教育事情 ⑥【シリア人のID ~教育と医療~】● 母国語で学べない● 病院に行きたい時は ◉【トルコでの僕の仕事とクルド民族について】   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【ご寄付】 ・ネットでのご寄付   ・銀行口座でのお振込 ゆうちょ口座 ピースオブシリア        店名 408(ヨンゼロハチ)        普通 4328753   ※お手数ではございますが、報告書や報告会のご案内を送らせて頂きますので、 お振込みの場合は  ・メッセージ、DM  ・メール(piece.of.syria@gmail.com)  ・問い合わせ(http://piece-of-syria.org/contact/) まで、ご一報くださいませ。    ...

  アッサラームアライクム!Piece of Syriaのへむりです。 最近、トルコも暖かくなり、桜かアーモンドの花を街中に見ることができます。 今回は、僕がトルコでどのような日常を送っているかを書きたいと思います。   <シリアの春に見たアーモンド>   <トルコで見かける桜?アーモンド?>     ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 様々な民族が混じるオフィスで ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   現在、僕はNGOの専門家という立場でトルコ駐在をしています。   活動内容は、シリア難民の人たちがコミュニティを作り、 NGOがいなくなった後も、自立して生活していくお手伝いです。   僕自身が直接、受益者のシリア人に接するのではなく、 NGOオフィスで働くスタッフ達への働きかけをしています。   他の国や地域の活動を紹介して、彼らなりに応用して欲しいと思っているのですが、 「この地域では」とできない理由を並べ立てられたりもして、もどかしいこともあります。 基本的にはモチベーションは高く、やる気のあるスタッフが多いため、楽しく過ごしています。   オフィスには、トルコ人とシリア人、そして民族的には、 トルコ系、アラブ系、クルド系が入り混じっています。   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ イラクに住むクルド人 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   トルコには、世界最大の少数民族と言われるクルド民族が多く住んでいます。   クルド民族は、トルコ・シリア・イラク・イランにまたがって生活していますが、 自分たちの国を持っておらず、それぞれの国の中で「クルド語禁止」など、 文化や政治を表立って表現できていません。   <The Kurdish Project>   イラクでは、サダムフセイン政権下で迫害を受けていましたが、 アメリカによるイラク侵攻によって、フセイン政権が敗北し、クルド人は自治権を拡大し、 イラク北部に、バグダッドとは別の自治地域を作りました。   2016年に僕がイラク北部のクルド自治地域の「首都」エルビルを訪れた際は、 バグダッドとは別の独自のビザで、入国できました。 (最近、バグダッドに統一されたと聞いています)   「(中東では目の敵にされる)アメリカやイスラエルが大好きだ」という話を聞いたのが、すごく印象的でした。     <高層ビルやショッピングモールが立ち並ぶエルビルの街並み(2016年)>      ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ シリアに住むクルド人 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ シリア北東部のハッサケ、カミシリ、コバニは「クルドの町」と呼ばれ、 デリゾールやアレッポの一部の地域にも、クルド人が多く住んでいます。   クルド人は市民権(選挙権)を持たない、クルド語の学習ができないなど、権利が抑えられていましたが、 2011年のデモの後、アサド政権は、そうした抑圧を緩和しました。 南部の首都近辺が反政府組織との騒乱で揺れる中、 イラクで起こったイスラム国が、シリアの北東部の国境を超えて占拠し、 シリアの都市ラッカを首都とした時期がありました。      やがて、クルド部隊が盛り返し、イスラム国を撃退していき、 現在、シリア北東部はクルド組織の占領下にあります。 トルコ軍がシリア北部への侵攻し、占領地を広げる中で、この地域がどうなるかが まだ見えていません。   <現在のシリアの地図(2019年3月11日)>   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ トルコに住むクルド人 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   トルコではかつて、アラビア文字でトルコ語を表記していました。 それが今は、英語に近い文字を使っています。それは100年ほど前に遡ります。 第一次世界大戦で同盟国が敗北したことで、オスマン帝国トルコが分割占領されていきます。 その抵抗運動を組織し、「近代トルコ建国の父」として、トルコ共和国を建国したのがケマルパシャ。 肖像画や銅像、そして紙幣で、トルコの国中で彼の顔を見ることができます。     彼の進める「西洋化」政策によって、文字が変わり、「政教分離」が進められます。 その中で、宗教を拠り所ではなく、「トルコ民族であること」を拠り所にしていきました。   しかし、トルコ共和国内には、クルド語を話す「クルド民族」がいます。 それに対して「トルコ語を学んでいないだけだ」とし、クルド語の教育やメディアは禁止され、 「トルコ人化」を進めようとします。 それに対するクルド人の反発は「テロ  vs テロ対策」まで発展しますが、 今では、クルド系政党が国会で議席をとるにまで至っています。 (弾圧がないわけではない、とトルコに住むクルド人から聞くことも)   もちろん、陸でつながっていて100年前まではオスマン帝国という一つの国だったので、 トルコ人の中にもアラブ系もいます。 つまり、トルコ人の中にある民族的アイデンティティには、 「トルコ」「クルド」「アラブ」がある、ということです。 それが顕著に見えるのが「家の中の言葉」です。 外では、学校教育の中でトルコ語を学んでいるので、トルコ語を話しますが、 家庭では自分たちのアイデンティティ言語を話します。 (シリアやイラクでも同様です)     ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 多言語多民族のオフィス ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   僕のいる町は、シリア国境が近いため、アラブ系トルコ人もシリア難民が多く住んでいます。 またクルド人にとっての「首都」にあたるディヤルバクルという街も近く、クルド民族も多い。 そんなわけで、オフィスには、トルコ人とシリア人、そして 民族的には、トルコ系、アラブ系、クルド系が入り混じっています。 アラビア語を話してたから、シリア人かな?と思ったらアラブ系トルコ人だったり、 チーム内にアラビア語が通じないトルコ人、英語が通じないシリア人がいて、クルド語が通じないシリア人がいて、共通語が全くなかったりすることも(トルコ語が話せないシリア人も多い)。 朝の挨拶はいつもパニックです(笑)。     <シリア人が多く住む地域ではシリア人のお店も>   僕がいるチームでは、シリア人スタッフが、シリア人世帯に家庭訪問をし、 情報共有をしたり、ワークショップやイベントを企画したり、 障害や病気があった場合は、ソーシャルワーカーにつないだりしています。 家庭訪問の際、男女ペア、アラブ系とクルド系がペアになるようにしています。 家の中に女性しかいない場合、男性だけが家に入るのを良しとしない文化があったり、 アラビア語を話せないクルド系世帯もいるからです(シリア人スタッフは全員アラビア語を話せる)。   <トルコ南部の街角にて。スーパーマーケットと書いてある>   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 毎日の過ごし方 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   スタッフの勤務は8時半から夕方5時半まで。 その間、僕は基本的に自由ですが、与えられた目標を達成できるよう行動しています。   土日や仕事終わりには、スタッフに誘われて英語クラブに行ったり、 スタッフが経営するダウンタウンのカフェに行ったり、 近隣の町まで出掛けて、シリア人・トルコ人・クルド人の友人に会ったりしています。   Piece of Syriaの活動は、早朝か仕事終わり、土日で、 記事を書いたり、現地パートナーとの調整、日本のスタッフとのやりとり等をしています。 トルコのビザは「180日間のうち90日間の滞在が可能」というものですので、 日本と行き来しながらになります。   日本にいるときは、家族との時間とPiece of Syriaの活動、講演活動を行なっています。 もうすぐ日本に戻りますので、また報告会を企画していきたいと思います。 是非、いらっしゃってくださいませ。     <スタッフに連れられて遺跡に遊びに行ったり>     ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【トルコ便り】 ①【シリアはどうなるのか?】● トルコに残る人たち  ● シリアの今 ②【トルコに住むシリア人の声】● 閉じ始めた難民キャンプ ● シリア人とトルコ人の中で起きた衝突 ③【シリアからトルコへ。トルコからシリアへ】● 難民は負担なのか? ● トルコから去りたいシリアの人たち ④【移動ができない、という日常】● トルコのバス事情 ● シリアの中のトルコとクルド ⑤【シリア人のIDと医療と教育】● トルコに住むシリア人のID      ● 医療と教育事情 ⑥【シリア人のID ~教育と医療~】● 母国語で学べない● 病院に行きたい時は ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【ご寄付】 ・ネットでのご寄付   ・銀行口座でのお振込 ゆうちょ口座 ピースオブシリア        店名 408(ヨンゼロハチ)        普通 4328753   ※お手数ではございますが、報告書や報告会のご案内を送らせて頂きますので、 お振込みの場合は  ・メッセージ、DM  ・メール(piece.of.syria@gmail.com)  ・問い合わせ(http://piece-of-syria.org/contact/) まで、ご一報くださいませ。   ...

  アッサラームアライクム。Piece of Syriaのへむりです。 ● 母国語で学べない ● 病院に行きたい時は についてお伝えさせていただきます。   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 母国語で学べない ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   前回のトルコ便り⑤でお伝えしたように、 トルコに住むシリア人のステータスには、 「来たばかりの人」「Kimlik」、そして「市民権」の3つがあります。   http://piece-of-syria.org/2019/03/03/kimlik/   トルコに入国後、Kimlikという外国人登録証(Protection Card)を申請、取得すれば、 医療・教育などをトルコ人と同様に受けることができます。 (逆に言えば、Kimlikがなければ、受けることができません)   戦争が始まった後、トルコに逃げてきたシリア人の子ども達向けに 母国語のアラビア語で学ぶことができるシリア人学校がありました。 学校の校舎を午前と午後とで、シリア人とトルコ人の授業を分けて、 シリア人が母国語で学べる機会を作っていました。   しかし、数年前からトルコ政府は、 「トルコに住む以上は、トルコ語で学ぶべき」というスタンスを取り始めており、 学校は続々と閉鎖されていっています(今年中には完全になくなる、と言う話を聞いています) 国際NGOによるシリア難民の教育支援も、数年前から禁止になりました。 語学力がネックになって、授業についていけない子どももいますし、 Kimlikがないことで、学校に通えていない子どももいます。   結果、学校に行けないまま高学年の年齢になってしまった子どもがいて、 学力的に合う低学年のクラスへの編入を断られる、ということも起きています。 さらには、トルコ人からのいじめが問題になっている、という話も聞いています。 シリア人とトルコ人の、それぞれの子ども達が打ち解け合えるような場所を作れるよう、 活動しているNGOがあり(日本のNGOであれば、認定NPO法人 AARなど) Piece of Syriaも、現地パートナーが関わっている補習校に、少しですが支援できればと思っています。     ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 病院に行きたい時は ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━     病院に行くにも、やはりKimlikは必要となります。 ただ、学校とは違い、シリア人医師のいる病院は閉鎖の心配はないそうです。 医師のレベルは、トルコ人よりシリア人の方が上だ、というのがシリア人の感想です。 (実際、UAEやサウジアラビアなど湾岸諸国でも、シリア人医師が活躍しています)   【夢】ユペチカ 『サトコとナダ』 https://t.co/jPXoy0R5FL #ツイ4 pic.twitter.com/XeDLHLkis3 — ツイ4 (@twi_yon) 2017年5月19日   「対応が悪い。ろくに診察もせずに薬だけ渡してくる」と、 シリア人から「トルコ人医師は信用できない」という意見が聞こえてきます。 トルコ人でさえ、シリア人医師の病院に行きたいという人がいるほど。 トルコ人の病院には行けるものの、シリア人にとっては語学の問題もあって (通訳のサポートがあるとは言うものの、不十分だそう) 結果、シリア人の病院に人気が集中しています。 すると、すごく混んでしまうので、なかなか診察してもらえない、と。   また、シリア人医師が働けるのは、トルコの政府の病院に限られており 自分で起業してクリニックを持つことはできないそうです。 シリア人の歯科医は、政府の病院でも働くことはできず、 医師も歯科医も、ヤミでやっている人たちもいるんだそうです。     ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 戦争前のシリアの教育と病院 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   戦争前のシリアは、就学率97%。大学まで無料。 商店街で小学生に、おじさん達のアラビア語を英語通訳してもらったこともあります。 (2005年に、バックパッカーで中東を旅していた時なので、僕もアラビア語が話せなかった) 小さな村にも小学校はあり、進学塾があることも。 学校の空いていない夜の時間を使って女性達向けの識字教室が行われていました。 (村で学びたい人が15人いれば、政府が先生にお金を出して開講できる) 大学は公立の方がレベルが高いと言われており、特に医学部はあまりに難しいので 自分の子どもを医学部に行かせたいお金持ちは旧ソ連やロシアで、医学部に入ることが多くあったように思います。 ともあれ、教育を受けるというのは「当たり前」のことだったのです。   <シリアの学校>   公立の病院や保健センターでは、無料でワクチン接種や治療を受けることができます。 薬は別途、処方箋を持って薬局で買うことになりますが、現地の物価に即した値段でした。 (薬を輸入に頼り、非常に高価な薬しか手に入らない国もあります) ただ、有料の私立クリニックの方が「質が良い」とは言われます。 ともあれ、医療を受けるということも「当たり前」のことでした。     <シリアの病院>   町中でホームレスやストリートチルドレンを見ることはなく、 ご近所同士の助け合いも多く見られ、「出稼ぎ」という選択肢を含めると生活に困る人は少なく、 原油価格の影響による物価があがった時も、灯油やパンの配給や、公務員の給与を増やす政府の対応がありました。   「発言の自由」や「分配の不平等」についての不満は存在していましたが、 「治安」や「最低限以上の生活の保証」はありました。 昼の2時には仕事が終わり、夫の給料だけで子ども8人を学校に行かせられる余裕と「家族の時間」がありました。   「私たちとそれほど変わらないんじゃないか?」 「ひょっとしたら、日本よりいい環境だったんじゃないか?」 そうしたシリアの「当たり前」を知ったとき、 今のシリアの人たちの状況が、より身近に、より深刻さを持って感じられるのではないでしょうか?   <補足> Piece of Syriaは、団体として、政府支持や反政府支持など、政治的な主張を訴える活動を主にしておらず、 あくまで中立的な立場で活動するように心がけております。 捉え方次第では、今回の文章が「政府擁護だ」「民主化デモは間違っていたと言いたいのか」と 感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、そのような意図はなく、 お伝えしたいのは、「戦争によるシリアの人たちの生活の変化」という点です。 (これについての詳細は下記の記事に書いています)   http://piece-of-syria.org/2019/02/19/event-report-osaka/   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【トルコ便り】 ①【シリアはどうなるのか?】● トルコに残る人たち  ● シリアの今 ②【トルコに住むシリア人の声】● 閉じ始めた難民キャンプ ● シリア人とトルコ人の中で起きた衝突 ③【シリアからトルコへ。トルコからシリアへ】● 難民は負担なのか? ● トルコから去りたいシリアの人たち ④【移動ができない、という日常】● トルコのバス事情 ● シリアの中のトルコとクルド ⑤【シリア人のIDと医療と教育】● トルコに住むシリア人のID      ● 医療と教育事情 ⑥【シリア人のID ~教育と医療~】● 母国語で学べない● 病院に行きたい時は ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【ご寄付】 ・ネットでのご寄付     ・銀行口座でのお振込 ゆうちょ口座 ピースオブシリア        店名 408(ヨンゼロハチ)        普通 4328753   ※お手数ではございますが、報告書や報告会のご案内を送らせて頂きますので、 お振込みの場合は  ・メッセージ、DM  ・メール(piece.of.syria@gmail.com)  ・問い合わせ(http://piece-of-syria.org/contact/) まで、ご一報くださいませ。   ...

  アッサラームアライクム。Piece of Syriaのへむりです。   ● 外国人登録証Kimlikとは   ● 難民キャンプが閉鎖する理由 についてお伝えさせていただきます。   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  トルコ密入国、直後 ~ Kimlik取得 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   トルコに住むシリア人のステータスは、3つあります。 「来たばかりの人」「Kimlik」、そして「市民権」です。 2011年の戦争前までは、買い物のために国境を越えるくらい自由でしたが、 今では多くの場合、シリアからトルコに来るのは密入国です。 相場は、時期や業者(安全度)によって違うのですが、最近は一人3500$と聞きます。 壁やフェンスができており、業者はその警備のスキマを探して国境を越えさせるのですが、 見つかれば射殺されるというリスクがあります。 (トルコ軍が密入国を斡旋しているケースもあるらしいですが、定かではありません)   2011年3月以降トルコ軍国境警備隊は避難しようとしたシリア人400人を射殺(2018年8月28日)#シリア #トルコ #難民 https://t.co/Qiikn6unK3 — シリア・アラブの春顛末記 (@SyriaArabSpring) 2018年8月29日   国境を越えた後、Kimlikという外国人登録証(Protection Card)の申請を行ないます。 「以前はそれほど重要視されていなかった」というこのKimlikが、 1~2年前から死活問題になる程に重要になっているとのことです。 Kimlikなしでは、学校に行けず、病院も保険なし、仕事もままなりません。 銀行口座や携帯電話を取ることもできないそうです。 (なので、国境を越えてすぐのところに、ヤミのSIMカードが売る人たちがいるんだとか。  ヤミなので、数ヶ月で使えなくなることもあるそうです)   <難民が殺到していた時期、ギリシャの島レスボス島の難民キャンプ前では携帯会社がSIMを売りに来ていた>   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  Kimlikとトルコの難民キャンプ閉鎖 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   Kimlikは申請してすぐに取れるわけではなく、数ヶ月から1年かかることも。 身内に障がいを持った人や病気の人がいた場合などは、優先して発行してくれるそうです。   Kimlikは県ごとの管理になるそうで、シリア人が特に多く流入しているトルコ南部の町では、 Kimlikを発行するイミグレーションオフィスが一時閉鎖したことも(しかも数ヶ月!)。 一度登録してしまえば、その県とIDが紐づくので、引っ越しは難しいと聞きました。 僕が訪れた、あるシリア人の家族は、トルコの難民キャンプに数年住んでいたのですが、 難民キャンプは今年から閉鎖が進んでいます。   トルコ内務省はシリア難民13万人を収容していたキャンプ6カ所を閉鎖(2018年11月22日)#シリア #トルコ #難民 https://t.co/nGrnRt9pNk pic.twitter.com/SSOCYJmlvz — シリア・アラブの春顛末記 (@SyriaArabSpring) 2018年11月24日   そのため、その家族は難民キャンプから出て、自分たちの家を探さないといけないのですが、 キャンプがあった県はシリア人がほとんどいなかったそうで、 シリア人が多く住む、シャンルウルファ県にやってきたのです。 <トルコの難民キャンプ>   しかし県が異なるので、Kimlikがまだ取得していないことも多く、様々なサービスが受けれない状況にあります。 シリア国境近くの難民キャンプの閉鎖の裏には、お金の問題だけではなく、 トルコ軍のシリア侵攻が関係している、という人もいます。 (シリア国内にトルコ軍占領地があり、そこを拡張しようとしています。参照:トルコ便り④)   キャンプのあったところに、軍が配備されており、そのためにキャンプが撤去された、 と、あるシリア人は僕に話してくれました。   ※僕が見た限り、報道では、軍の配備とキャンプ閉鎖との関連は書いていませんでしたが、 軍の配備している場所については、キャンプのある地名(スルチ区・アクチャカレ区)と重なります。 (参考) ●【テロ掃討】 国境向かい側からの挑発に対しトルコ軍が瞬時に報復 TRT2018.11.4   ●Turkey closes six Syrian refugee camps (2018.11.22) トルコ内務省は、19あるシリア難民キャンプのうち6つを経済緊縮を理由に閉鎖した。トルコに住むシリア人は、2017年の340万人から、2018年には360万人に。トルコ政府は、トルコ軍が占領するシリア北部の安全地帯へのシリア人帰還を進める政策をしているが、実際にはトルコのシリア難民の数は増えている。トルコ南部のガズィアンティップ県、マルディン県、シャンルウルファ県の、13万2000人の住む6つの難民キャンプを閉鎖した。 内務省は、閉鎖の理由について経済の緊縮とし、キャンプに住んでいたシリア人は経済支援を使って家を借りていたと話した。3万1000人のシリア人はトルコの他のキャンプに移動した。6つのキャンプ閉鎖によって、7690万リラ(1450万ドル)が節約できたという。   <スルチ>  <アクチャカレ>   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  僕らは、夢の中にいる ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   「数ヶ月あれば、状況は変わってしまう。  だから、僕らは帰るのは難しいんだ。まだまだリスクが高い」 と、言うと、友人は涙目になりながら、僕に語ります。   「まるで、夢の中にいるみたいだ。  7…いや、もう8年だよ。戦争が始まってから。  僕の故郷も、政府軍に、ダーイシュ(IS)に、クルド軍に、  めまぐるしく支配する組織が変わり、そのたびに破壊されてきた。  帰っても、僕の住んでいた家はもうないんだ」   朝起きて、家族とご飯を食べ、学校や職場に行き、 2時には仕事を終えて、家に帰って、家族とご飯を食べ、 夕方から夜にかけて、友人たちとおしゃべりしたり、親戚の家に行ったり・・・。 のんびりと、人と人とのつながりを、家族を大切に生きてきたシリアの人たちの「当たり前」。 それが再び、「当たり前」になる日がくるように、僕たちができることはあるのでしょうか。 答えは出ないままですが、今できることを少しずつ積み重ね続けたいと思います。   次回は、シリア人のIDの続き、「kimlik取得後」と「市民権」について、解説したいと思います。   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【トルコ便り】 ①【シリアはどうなるのか?】● トルコに残る人たち  ● シリアの今 ②【トルコに住むシリア人の声】● 閉じ始めた難民キャンプ ● シリア人とトルコ人の中で起きた衝突 ③【シリアからトルコへ。トルコからシリアへ】● 難民は負担なのか? ● トルコから去りたいシリアの人たち ④【移動ができない、という日常】● トルコのバス事情 ● シリアの中のトルコとクルド ⑤【シリア人のIDと医療と教育】● トルコに住むシリア人のID      ● 医療と教育事情 ⑥【シリア人のID ~教育と医療~】● 母国語で学べない● 病院に行きたい時は ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【ご寄付】 ・ネットでのご寄付     ・銀行口座でのお振込 ゆうちょ口座 ピースオブシリア        店名 408(ヨンゼロハチ)        普通 4328753   ※お手数ではございますが、報告書や報告会のご案内を送らせて頂きますので、 お振込みの場合は  ・メッセージ、DM  ・メール(piece.of.syria@gmail.com)  ・問い合わせ(http://piece-of-syria.org/contact/) まで、ご一報くださいませ。   ...

  アッサラームアライクム!Piece of Syriaの中野です。 東南アジアから、数日間の日本を経て、現在トルコ駐在に戻りました。   日本にいる間に行ないました、報告会+講演会「戦争の起こる少し前~シリアで何が起こったか~」についてレポートを書かせていただきます。   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  「今と昔のシリア」を知れる貴重な機会 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   「シリアについて知らなかったので、本当に驚きました!」   僕たちの報告会は、いつも「初めまして」の方がたくさん来てくださいます。   そのため、本を読めば出てくるような、難しいお話はできるだけ少なくして、 シリアを身近に感じていただく体験談を中心に、「もっと知りたい!」と思っていただけることを目標にしています。     [caption id="attachment_17641" align="alignnone" width="504"] <イメージとは違う平和だったシリアの日常>[/caption]   また、「戦争があったからシリアに関わった」方が非常に多い中で、 戦争が起こる前の「平和な日常」についての話は、ほとんど出てきません。     アラビア語で会話し、現地の人たちの家で、同じものを食べていた経験はたった2年ではありますが、 「貴重な経験」と言って頂いており、僭越ながら、お伝えをしています。     支援の現地に来ると、素晴らしい活動をされているシリア支援の団体がたくさんあります。 そこから漏れてしまっているところをするのが、僕たちの役割だと思っています。     その役割として行なっているのが、教育支援です。 内容については、こちらに詳しく書かせて頂いていますので是非、ご一読頂ければ幸いです。   http://piece-of-syria.org/2018/12/29/report-osaka/       [caption id="attachment_17656" align="alignnone" width="504"] 活動報告(Readyfor)[/caption]       「”今と昔のシリア”を知れる貴重な機会ですね!」 「シリアについて知らなかったので、本当に驚きました!」とのご感想を、今回のイベントでもたくさん頂きました。     そして、今回のイベントの後半は、 シリアの戦争が起こる少し前について、日本在住シリア人ハルドゥーンさんの講演をしてもらいました。     [caption id="attachment_17643" align="alignnone" width="504"] <普段は同志社大学院で神学を学ぶハルドゥーンさん>[/caption]     ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  戦争の起こる少し前に動いた人たちの存在 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   平和だった頃のシリアに、少しずつ忍び寄って来たのは、 「不信仰者」という言葉を使って、扇動する湾岸諸国の宗教指導者(シェイフ)でした。   湾岸諸国のシェイフは、衛星テレビを通じ、「こんな人たちは不信仰者だ。殺していい。戦争をすべきだ」と訴え、 それは湾岸諸国で「学んだ」シェイフにも届き、シリア国内のモスクでもその「思想」が広がっていったそうです。   [video width="640" height="480" mp4="http://piece-of-syria.org/wp-content/uploads/2019/02/IMG_6096.mp4"][/video] <ハルドゥーンさんの資料より。元は下記のYoutubeの動画です>          シリアで起こった「攻撃的なデモ」(デモ隊より警官などの犠牲の方が多い)の裏には、 こうした過激な考え方という土台が作られていた、という背景もあったと指摘していました。     シリアをめぐる戦争については、本当に複雑です。 その中で、「お金の流れ」を見るというのは、状況を把握するのにとても重要な指標だとハルドゥーンさんは言います。       [caption id="attachment_17652" align="alignnone" width="504"] <かつてシリアは様々な宗派・宗教が対立なく受け入れられていたと言われています>[/caption]       当日にハルドゥーンさんが説明して下さったことをここでまとめるのは非常に難しいので、ハルドゥーンさんがその日、紹介してくれた本をここに挙げさせて頂きます。   ・国枝 昌樹 『テレビ・新聞が決して報道しないシリアの真実』 ・青山 弘之『 シリア情勢――終わらない人道危機 』 ・青山弘之ほか『「アラブの心臓」に何が起きているのか――現代中東の実像』     ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  そもそもなぜ、シリアで戦争が起こったのか ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   シリアで戦争が起こった理由につきましては、 私たちは「分からない」と言わざるを得ないのが本音です。     (Piece of Syriaは、団体として、政府支持や反政府支持など、 政治的な主張を訴える活動を主にしておらず、 あくまで中立的な立場で活動するように心がけております)     「改善を訴えたシリア民衆の平和的なデモに対し、シリア政府が無慈悲な攻撃を加えた」という話だけでなく、 「シリアの政府転覆運動のため、欧米が働きかけてデモを組織した」という話もあるからです。 (後者については、アブドルバーリ・アトワーン 著『イスラーム国』や前述の国枝さんの著書に記述されています)   わたくし中野個人としては、難民となったシリアの人たちを訪ねて、 ヨルダン、トルコ、イラク、レバノン、ギリシャ、イタリア、ドイツ、スウェーデンなどで、 様々な立場のシリア人や、シリア支援団体の人たちから、様々な意見を聞く機会に恵まれました。 駐在を含めると、計8ヶ月ほどの期間になります。 また、日本でも、NGO関係者やジャーナリストや専門家の人たちからの話を聞いたり、著書を読んだりしています。 その上で「分からない」ということをお伝えしています。   シリアの人たちから話を聞くたび、一人ひとり全く違う理由で難民となり、移民となり、シリアに残っており、異なるシリアについての意見を持っていたからです。   [caption id="attachment_17654" align="alignnone" width="504"] <一人ひとり全く違う理由で難民となり、移民となり、シリアについての意見を持っていた>[/caption]     今回のご感想の中に「民主化運動が戦争を引き起こしたとお考えですか?」とのご質問をいただきました。 しかし、「ひとつの事象が戦争を起こしたわけではない」と考えていると同時に、 「何かを悪者にして、それさえなければ問題が起こらなかった」と考えることは、危険ではないだろうか、と私たちは考えています。     ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  シリアの戦争と日本は「遠い世界」なのか ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   「戦争は宗教が理由だった?それなら日本とは関係なさそうだ」 といった旨の感想もいただきました。   ハルドゥーンさんの講演の趣旨はそのつもりではなかったと思うのですが、 大切なのは「何を伝えたかったのか」ではなく、「何が伝わったのか」です。   ファシリテーター役としての反省を込めて、ハルドゥーンさんに代わりまして、 この点を掘り下げてお伝えさせて頂きます。       ハルドゥーンさんの主張は「宗教によって戦争が起こった」というお話ではなく、 宗教という[求心力]が、戦争に利用されてしまったということと、 そういった[強い主張]に、疑問を持てる「教育」の重要性を訴えていたように思います。   それは、かつてのルワンダで起こったような、普通の隣人たちが 不寛容に相手への攻撃を仕掛ける正当性に、扇動されて憎しみ合い、殺し合いに発展してしまったのと、 僕は共通点を感じました。     歴史を鑑みると、戦争は「正義」を理由に、あるいは「平和」を理由に起こされています。 きっとそれは「日本は関係ない」というものではなく、 異文化への不寛容や、善悪を分ける強い主張の中で、今の日本社会に侵食しているように感じています。   シリアの場合、利用されたのが「宗教」でしたが、人を扇動するものは他にもあります。 「経済」「恐怖」「不安」「成功」など様々な感情が利用される可能性があります。 一見すると、それは「常識的」で「論理的」で、「納得がいく」、「仕方がない」と思う形をしています。     [caption id="attachment_17529" align="alignnone" width="504"] <シリアで私たちがサポートしている学校でも「考える」ことを大切にしています>[/caption]       教育の目的は、一方的に「常識」や「正しさ」を教えるのではなく、 多様な考え方を知り、視野を広げ、「考える」ことだと思います。     僕たちの講演もまた、「シリアでなぜ戦争が起きたのか」という”意見”を伝えることが目的ではなく、 一般的な「常識」とは違った”視点”の情報をお伝えすることで 僭越ながら、「考える」きっかけをご提供できれば、という想いです。     今後とも、イベントをしていきますので、是非ご参加のほど、宜しくお願い致します。 また、あなたの住む場所での報告会をしてほしいとのご希望や、講演のご依頼がありましたら、是非ご連絡くださいませ。 (余談にはなりますが、元在シリア日本大使である國枝昌樹氏がシリアについて話されている内容と、 元在ウクライナ日本大使の馬渕睦夫氏が、ウクライナについて話されている内容が似ている点も多く、 その意味でも、鵜呑みにするのではなく、「考える」ということの大切さを感じます) (参照)馬渕睦夫『世界を操る支配者の正体』       ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  収支報告と、ご支援のご案内 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   今回のイベントの【収益】は下記のようになりました。 ●参加費   94,500円(57人) ●グッズ販売 10,700円 ●寄付    6,000円   会場費、ハルドゥーンさんへの謝礼を差し引きまして、 シリアの子ども達への教育支援の活動費として大切に使わせて頂きます。   今後はこちらから、ご支援を募集しております。 どうぞ宜しくお願い致します。   【寄付先】 ・ネットでのご寄付   ・銀行口座でのお振込 ゆうちょ口座 ピースオブシリア        店名 408(ヨンゼロハチ)        普通 4328753   ※お手数ではございますが、報告書や報告会のご案内を送らせて頂きますので、 お振込みの場合は  ・メッセージ、DM  ・メール(piece.of.syria@gmail.com)  ・問い合わせ(http://piece-of-syria.org/contact/) まで、ご一報くださいませ。         共同通信より記事にしていただきました。    ...

  「今日初めて知ったことばかりでした」 「こんなにシリアを知らなかったのか!と驚きました」   満員御礼、「他の人にも聞いてほしい」の声多数の報告会から1ヶ月、 シリア国内での教育支援を行なう【Piece of Syria】が再び、報告会を実施します。   今回は、元JICAシリアのスタッフで、現在日本の大学院で学ぶシリア人が調べた、 シリアで戦争が起こる少し前から始まった「兆し」について、特別講演をして頂きます!     シリアで、戦争がなぜ起こったのか? その「予兆」はあったのか? 戦争と平和について考える2時間です。     報告をさせていただく、Piece of Syria代表の中野は、 戦争前のシリアに協力隊として活動、 戦争後に中東・欧州10カ国で100名を超えるシリア人と話した経験に加え、 シリア国境近くのトルコ南部の街に駐在して見聞きした情報や、 シリア国内の幼稚園をサポートするパートナーNGOの活動についてお届けします。       どちらのお話も、メディアでは聞くことができない貴重な話になります! お時間がございましたら、是非、身近な方とご一緒に参加いただき、お会いできれば嬉しく思います。   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   【こんな方にお勧めします】  ・シリアやトルコ、中東について知ってみたい方  ・Piece of Syriaの活動に関心がある方  ・国際協力について関心がある方  ・シリアやシリア難民について関心がある方   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   【日時】2月9日(土)14:00〜16:15 (開場 13:45)   報告会 14:00〜14:45(質疑応答+10分) ゲスト講演 15:00〜15:30(質疑応答+45分) 交流タイム 16:15〜16:40(残れる方は是非!)   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   【参加費】2000円(ご支援者様、学生 1000円)   ◉報告会のみご参加の場合、500円(ご支援者様 無料ご招待)   ◉前日までにSNSでイベントをシェアして頂いた方は、   来場時にオリジナルポストカードプレゼント!   受付にてスクリーンショットの画面をご提示くださいませ。   [KiwiClickToTweet tweet="#シリアに何が" quote="#シリアに何が"] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   【申込】https://www.kokuchpro.com/event/syriadenaniga/   (※Facebookの参加ボタンでは申込完了となりません)     【定員】50名   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   【場所】貸し会議室 Happiness 大阪府大阪市北区太融寺町2-18富士林プラザ8番館7F  各線 梅田駅、大阪駅から徒歩10分  堺筋線 扇町駅から徒歩7分     1.泉の広場M14階段上がって、左へ(扇町方面) 2.神山町交差点近く(なか卯横) 3.ビル下にハピネスの看板有り     ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   【講演者プロフィール】   ●ハルドゥーン・フセイン シリア生まれ。ダマスカス大学日本語学科一期生。 JICAシリア事務所勤務後、広島大学、大阪大学等での研究を経て、 2016年4月から同志社大学神学研究科で博士後期課程在学中。       ●中野 貴行(シリア支援団体 Piece of Syria 代表) 大阪生まれ。2008~10年、青年海外協力隊としてシリア北部の町マンベジにて、 母子保健活動プロジェクトにコミュニティ開発として従事。 その際、ハルドゥーン氏とダマスカスのJICAオフィスで出会う。   2015年より、中東・欧州10カ国を計半年かけて難民となったシリア人や支援団体100人以上から 生の声を聞くために周る。 2016年、Piece of Syriaを創設。「シリアを行きたい国にする」を目標に、 復興の主体であるシリア人の土台作りのためのシリア国内向けの教育支援と、 シリアの今と昔を伝える講演・写真展などの啓発活動を日本で行なう。   現在、専門家としてトルコ南部で、シリア難民支援の駐在。 国際協力を志事にするアフリカ大好きな妻とは、遠距離夫婦生活中。   https://twitter.com/hemuri_ www.instagram.com/hemuri.syria.love/       ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【主催団体】Piece of Syria   「ひとかけらをひとつなぎに」をコンセプトに、 一人ひとりのチカラが発揮できる世界を目指して、2016年5月に設立。 紛争により、パズルのPieceのようにバラバラになってしまったシリアを、 再びPeaceにしていくため、シリア国内の教育支援と平和教育活動を行なう。 シリアの子ども達への教育支援のためのクラウドファンディングを行ない、 継続的に支援の届いていない地域にあるシリアの子ども達に教育を届けている。         http://piece-of-syria.org/2018/12/29/report-osaka/     ...