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Piece of Syria(ピースオブシリア) | 未分類
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前回、イタリアのVentimigliaからお伝えしましたが、あの町はフランスのすぐ近くにあります。 歩いても国境を越えることができるほどですが、かなり時間がかかりそうなので、僕は電車で一駅、モナコやニースがある方向に向かって移動しました。 片道3.2ユーロ、10分ちょっとの距離です。 特にチェックもなく、国境を越えて、駅を降りたら、もうフランスです。 イタリアの方に向かって歩くと10分ほどで国境があり、チェックもなくイタリアへ入国することができました。 しばらくぶらっとしてから、再びフランスへ徒歩で入国。その時はパスポートをチェックされましたが、車はその横をチェックも受けずに通っていきます。 ※「シェンゲン協定」に加盟している国同士では、基本的に国境審査が行われない。ただし、難民の過剰な流入により、その対応に変化が生まれている。 こんな風に簡単に行き来できてしまう国境ですが、「国境」で別け隔てられたものを越えるため、彼らの年収を越えるお金だけでなく、血と汗と涙と、そして命が、賭けられています。 僕がサラリと越えた国境にしても、駅には大きな銃を持った軍人さんが目を光らせていたりしていますし、国境を越えた後にしても、もし逮捕された場合は指紋を取った国に帰らされます。 つまり、リビアから地中海を越えてイタリアに来た人たちは、再びイタリアに戻ります。 今はドイツも受け入れを拒んでいる状況ですし、安易に国境を越えさせて来た、イタリアやハンガリー、オーストリアに批判が高まったこともあり、1年前のように国境を越えれませんし、捕まったら指紋を取った国へ帰らされます。 ※1990年代に制定された「ダブリン協定」で、最初に足をつけたEU国で庇護申請をしなければならず、その国が難民の申請や、衣食住の世話や医療などの初期対応を引き受けることになっている。 すごろくで例えた人がいましたが、「スタートに戻る」ような感覚です。 ギリシャのレスボス島で知り合ったアフガニスタン人は、オーストリア経由でドイツまで行ったけど、そのまま牢屋に入れられて、2週間拘束され、オーストリアに送還、拘束された後、アフガニスタンに送り返されたと言っていました。 「2回目の挑戦なんだ」 オーストリアを通ったが故に送り返されたから、今回は飛行機でドイツに向かおうと思っている、と。 日本のパスポートを持っている僕がアッサリと越えられる国境に、底知れぬ重みを感じます。 しかし、その、大半の国をビザ無しで越えられる、日本のパスポートですが、その取得率は20%ほど。20代では5%ほどだと聞きます。 「もったいない!海外へ出よう」とか、 海外に出ることを短絡的に「良いこと」とは思いませんが、 踏み出した一歩で、世界の見え方が変わることは実体験として感じています。 僕自身、シリアに住んでいなければ、シリアのことに関心を持って、今のような活動はしてなかったように思います。 実際に出逢ったときに、自分ごとになっていきました。 もちろん、出逢った全ての事柄ではありませんが、「踏み出し、出逢うこと」は、見える世界を広げてくれます。 スカイスキャナーなどのサイトで飛行機を探せば、時期によってはアジアまで往復1万円代、ヨーロッパまで往復4万円代というものも見つかり、国内より安く旅ができたりすることもあります。 僕の講演を聞いて、「ヨルダンに行って来ました。あなたの話すエピソードであるような、アラブの人たちの優しさを肌で感じることが出来ました!」と言ってくださった方もいました。 このサイトでも、視野が、世界の見え方が広がるようなものを、お伝えできればと願っています。 〈報告会のご案内〉 支援の現場の声、そしてメディアで語られることの少ない、国ごとの難民たちの状況の違いなどをお伝えできればと思います。 シリアについて知らなかった!という人から、シリア支援の関係者まで学びと発見がある内容となるよう準備をしております。 是非、ご家族やご友人の皆さまにお声がけの上、お越しくだされば幸いです。 【東京】1月28日(土) 11:30〜14:30 http://piece-ikebukuro.peatix.com https://www.facebook.com/events/388961934775800/ 【東京】1月29日(日)11:00〜14:00http://piece-toitoimtoi.peatix.comhttps://www.facebook.com/events/243799436034053/ 【京都】2月3日(金) 14:00〜16:00 https://www.facebook.com/events/1130875703676350/ 【大阪】2月4日(土) 18:00〜21:20http://www.kokuchpro.com/event/piece_osaka/ https://www.facebook.com/events/607931302740936/ 【福岡】2月12日(日) 13:30-15:30 http://www.kokuchpro.com/event/syria_fukuoka/ https://www.facebook.com/events/195569944242102/ どちらも、事前の申し込みをお願いしておりますので、ご協力のほど、宜しくお願い致します。 ※ Facebookイベントページでは正式申し込みとなりません!ご注意下さいませ。 (京都のイベントのみ、Facebook申し込み)...

アッサラームアライクム! 2016年12月トルコ南部の町ガズィアンティップにえ、大学生として生活するシリア人から聞いた話を紹介いたします。 彼とは2016年2月に一度会っていたので、約一年ぶりの再会でした。 彼はシリアのアレッポ大学を1年少し学んだところで、トルコに避難。編入という形でトルコの大学の建築科で学ぶ3回生です。 かつてトルコでは、シリアの大学で学んでいた証拠があれば、簡単にトルコの大学に入れました。 ですが、増えすぎたシリア難民の受け入れに、トルコの大学も定員オーバーとなり、今は編入が難しいそうです。 彼は幸いにも、シリア難民が過密する前にトルコに来ていたので大学に入ることができました。奨学金も得て、大学近くの借家はカウチサーフィンで旅人を家に泊めれるほどの大きさ。すごく勉強熱心なので、英語もトルコ語もペラペラです。 彼のシリア人の彼女もまた、トルコに逃れてきて、今、トルコでシリア難民のサポートの仕事に従事しています。 というのが前回に聞いていた話。 今回、久々の再会の際に「何か新しいことあった?」と僕が尋ねると、 「イタリアに行けるかもしれない」と嬉しそうに話してくれました。 通っているトルコの大学が提携しているイタリアの大学へ、奨学金つきの留学へ応募をしているんだそうです。 「1年くらいかな?大学で勉強もするけど、何よりイタリアを周って、色んな建物を自分の目で確かめたいんだ」 と、ウキウキする気持ちがあふれています。 もちろん、彼はトルコ人ではなくシリア人である以上、「難民として受け入れてくれるヨーロッパの国へ行くんじゃないか」と警戒される可能性もある、と言います。 ですが、「わかってもらえると思う」と彼は自信のある目で僕に語りました。 その翌週には、トルコの港町イズミールにあるイタリア大使館に行き、面接をしてきました。 彼が無事にイタリアで学べる日が来ることを願ってやみません。 「学びたい」 そんな「当たり前」と感じてしまうことも、自分が生まれた国に起こった悲劇によって、困難なものへと変貌してしまいます。 しかし、全ての門戸が閉じられているわけではなく、意志と努力(彼は語学もそうですが、学部の勉強を本当に一生懸命にやっています)によって、切り拓くこともできるんだ、と彼を見ていると感じます。 彼に夢を聞きました。 「いつかシリアが平和になったら、学んでいる建築の知識でシリアを再建していきたいんだ。 そして、君や君の友人たちを日本から招いて、案内したいな」 その夢が叶った風景を、僕の友人たちと共有することは、僕の夢の一つになりました。 【報告会のお知らせはこちらから↓】 https://readyfor.jp/projects/pieceofsyria/announcements   iPhoneから送信...

イタリアのVentimigliaという町にいます。 ほとんどフランスに近い国境の町です。 難民として保護されたい人たちがヨーロッパに向かう際、トルコからギリシャに向かう密航ルートとはまた別の、リビアからシチリア島(イタリア)へ地中海を越えて行くルートがあります。 イタリアは海を越えて密航してきた人たちを「難民」として保護をしていないため、ここに来る密航者たちはイタリアを通過してドイツやスウェーデンなどに向かいます。 (ギリシャと同様の立場です) しかしながら現在、ヨーロッパの国々は難民を受け入れていません。そのため多くの密航者たちがここで足止めを食っていると言う状況です。 現在、イタリアにはシリアの人たちはほとんどおらず、多くは北アフリカから逃れてきた人たちだそうです。 リビアからイタリアの密航ルートは非常に危険が伴います。海を越えるのに約10日ほどかかり、かかるお金はおおよそ1,000ドルほど。食事は最初の2〜3日ほどでなくなるとも聞きました。 またサハラ砂漠を越えて港町にやってくるため、エリトリアからの難民は約5,000ドルをかけてここまでやってきています。もしお金が足りなかった場合、あるいは良くない密航業者を使ってしまった場合、途中で砂漠に置き去りになったり、身ぐるみを剥がされたり、殺されことさえあります。 昨日聞いた話では、1年間で5,000人の人たちが密航の際、海で命を失ったと聞きました。 それでも今尚、毎日、密航のボートはやってきているそうです。 そんな必死の思いでイタリアまでやってきた人たちですが、先程言ったようにヨーロッパに向かう事は非常に難しいです。今いる街は車で5分でフランスの国境となりますが、山を超えたり線路を通って何とかフランスに潜り込もうとする人たちが多くいるそうです。 フランスへの密入国に失敗してもペナルティーは無失敗してもペナルティーはありませんが、国境から遠く離れた場所まで移送されるとのことです。 国境なき医師団のスタッフから話を聞いてきましたが、夏の間は千人を超える人たちが、広場でテントを張っていたようです。 現在、今は冬なので、数は減り、協力してくれている町の教会で、女性と子供家族連れが50人ほど住んでいるのと、町から離れた場所で、男性500人ほどがキャンプで暮らしています。 国境なき医師団が支援する教会の中を見学させていただきました。ボランティアでお医者さんがほぼ毎日来てくれているそうです(1日2時間ほど、複数の医師が入れ替わりで)。 メンタルケアを重視しており、昨日会ったスタッフも、その点を苦労しているようでした。 そのスタッフに、自分の思いを必死に伝えていたモロッコ人がいました。彼は家族とともに10年リビアに住んでおり、生活の基盤もリビアにありましたが、リビアでは生活が成り立たないどころか命の危険があり、かといってモロッコに帰っても、もう自分たちの基盤は無いので、どうすることもできずに海を渡って、イタリアまでやってきました。 「他に選択肢はなかったんだ」と。 しかし、海を越える際に、彼の幼い息子は命を失いました。残されたもう1人の娘と妻と、イタリアで立ち往生していると言う状況です。 目に涙を浮かべながら、自分の身に起きたことをスタッフに語る彼に、僕は言葉をかけることもできず、ただただ「自分たちが知らないだけで世界のどこかで起こっていた出来事がある」という当たり前のことを、改めて感じました。 こうして、小さな自分を自覚する日々ですが、目の前のことを1つ1つ、大切に、丁寧に、生きていきたいと思います。 昨年、皆さんのお力を借りて、確かな一歩として、教育を受けられなかったシリアの子ども達に、希望のつまった教育の機会を届けられましたが、こうした活動の積み重ねを本年も続けていきますので、どうぞ宜しくお願い致します。 〈報告会のご案内〉 支援の現場の声、そしてメディアで語られることの少ない、国ごとの難民たちの状況の違いなどをお伝えできればと思います。 シリアについて知らなかった!という人から、シリア支援の関係者まで学びと発見がある内容となるよう準備をしております。 是非、ご家族やご友人の皆さまにお声がけの上、お越しくだされば幸いです。 【東京】1月28日(土) 11:30〜14:30 http://piece-ikebukuro.peatix.com https://www.facebook.com/events/388961934775800/ 【東京】1月29日(日)11:00〜14:00http://piece-toitoimtoi.peatix.comhttps://www.facebook.com/events/243799436034053/ 【大阪】2月4日(土) 18:00〜21:20http://www.kokuchpro.com/event/piece_osaka/ https://www.facebook.com/events/607931302740936/ 【福岡】2月12日(日) 13:30-15:30 http://www.kokuchpro.com/event/syria_fukuoka/ https://www.facebook.com/events/195569944242102/ どちらも、事前の申し込みをお願いしておりますので、ご協力のほど、宜しくお願い致します。 ※ Facebookイベントページでは正式申し込みとなりません!ご注意下さいませ。 iPhoneから送信...

シリアは、レバノン、トルコ、イラク、イスラエル、ヨルダン、地中海に囲まれた国です。 出稼ぎで、国内の都市だけでなく、サウジアラビア、湾岸諸国(UAEなど)、ギリシャ、ヨルダン、レバノン、エジプトなどに行くシリア人も多くいました。 しかし、シリア危機のあと、国境は閉鎖されて、近隣諸国へと逃げている人たちは、業者を通して密入国しています。 そんな中、唯一、国境を自由に行き来できるのがレバノンという国で、40ドル程度でベイルート〜ダマスカスという首都間の移動が可能だそうです。 なので、半年程度、ベイルートで働いて、またシリアに戻る、という働き方をしている人も居るようですが、シリア国内は様々な勢力が入り乱れて、それぞれの支配地域を通る際に通行料(50ドルほど)が求められたり、あるいは命の危険もありますし、兵役が終わっていない人に関しては、シリアに戻ると徴兵されるので、と言った理由から、シリアに帰らずにずっとレバノンに滞在している人もいます。 シリアのパスポートで、イカーマ(滞在許可)を毎年一度、取得できます。 シリア国内は、全てが危険というわけではなく、落ち着いているところは落ち着いており、日常生活が送れています。ただし、物価の上昇が問題なので、出稼ぎや海外で仕事を見つけられた家族・親戚からの仕送りを頼りにしていたりもします。 僕の友人は、ベイルートで出稼ぎに来たけど、ダーイッシュ(IS)からの占領が解かれた地元が落ち着いたので、家族で地元の村に戻りました。 シリアからレバノンへ、農作物の輸入もしているとのこと。八百屋に行くと、半分くらいはシリアからじゃないか?というほど。 シリア国内は食料自体は満たされているとは聞いていましたが、輸出できるほどとは思っていなかったので意外でした。 シリア人が、レバノンの会社に雇われて、シリア〜レバノン〜トルコ〜イラクへと、トラックで荷物を運んでいたりもします。レバノン〜トルコの移動はフェリーです。 運転手さんは普段は家族とシリアに住んでいて、11日間かけてそのルートを通って行くんだそうです。おそらく、昔はシリアから直接半日〜1日で行くことができたのでしょうが、国境が封鎖されて恐ろしいほどの遠回りをしています。 日本のパスポートのおかげで、アッサリと国境を越えれる僕に、難民の人たちからの「どこに行ってきたんだ?これからどこに行くんだ?」という質問に答えるのは、時々、心苦しくなります。 難民として受け入れられて、数年間、きちんと働いていれば、その国のパスポートを取得できます。 (トルコも一部のシリア難民へ、トルコ人としてのパスポートの発行を予定している) 「そうなったら、日本にも行くし、どこかの国で会うこともできるな」 確かなことが言えない僕は、「インシャアッラー。今、君とここで会えたことが嬉しいよ」とだけ答えることしかできませんでした。 iPhoneから送信...

レバノンで1週間、滞在してきました。 レバノンには人口400万人ほどの小さな国ですが、そこに100万人ほどのシリア難民が住んでいる、と言われています。 トルコのイスタンブールからの飛行機で約2時間。地中海のすぐ近くにある空港に到着します。 僕がシリアで隊員をしていた時に滞在していた村の青年が迎えに来てくれて、彼の借りた車でレバノン南部の彼の家へ向かいます。 街中の交通渋滞は本当にひどく、「レバノン人は一人一台、車を持ってるんだ。毎日、こんな調子だよ」と、我先に割り込みがある運転もあり、小さな国にも関わらず、移動にすごく時間がかかります。 彼の住む町はすごく静かな田舎町。「5年前からレバノンに住んでるんだけど、最初の何年か都会に住んで、混雑に耐えきれなくて田舎の方に来たんだよ」と言います。 この町の住人のほとんどはキリスト教徒。町の中にはクリスマスを祝う飾り付けが目立ちます。そこに、イスラム教徒であるシリア人家族が20世帯ほど住んでいる、とのことです。 おうちは、庭付きで2LDK。一部屋にだけ灯油ストーブがあり、そこにテレビとタンスがあります。3歳と5歳の娘たちは幼稚園に通っています。幼稚園は無料ですが、送り迎えのバスは月50ドルほどかかるそうです。 ちなみに、学校はシリア人は無料。レバノン人は有料で、これは国連がシリア難民の分を支援しているからだそうです。 オスマントルコが解体された後に、フランス統治の時代があったため、幼稚園と学校ではフランス語も勉強します。ただ、英語が国際言語としての地位がある今は、英語学習のほうが重視されているようです。 仕事の日給は基本的30〜100ドルほど。建築現場の肉体労働が主。 滞在中、僕の友人は、役所に呼び出されたのですが「こんな仕事が来ているがどうだ?」という仕事の斡旋。レバノンの役所がハローワークのような形で、シリア難民への仕事を紹介をするのは意外でした。 夜になると、近くに住む友人や親戚を訪ねる、というのはシリアの習慣です。レバノンでも、変わらず彼らは続けていました。 都会では「レバノン人はそんな習慣がないし、8時以降は外出禁止なんだ」という話も聞きましたが、田舎だとレバノン人とシリア人同士での行き来もあります。 そこに、イスラム教スンナ派、シーア派、キリスト教が混ざっていることも、当然ながらあります。 が、レバノン政府やレバノン人への不平不満も聞こえても来ます。諸外国や国際組織からの支援をピンハネしているだとか、習慣の違いから折り合いが合わなかったりとか。 見えるものだけが真実ではないし、 彼らの言葉だけが全てではありません。 ですが、来てみてわかる空気感のようなものは、確実にあるような気がします。  ...

レバノンにいます。シリアの協力隊時代、活動していた村の友人のところに泊めてもらっています。 彼に村の写真を見ながら、 「この子は今、結婚して子どももいるよ」 「彼は今、レバノンで働いてる」 とか、そんな話もします。 そして、悲しい話も。 僕の活動していた村は、2016年8月まで、ISの支配下にありました。 その時にあった、無作為の虐殺の犠牲になった人たちがいます。 そのうちの1人は、僕が仲良くしていた人でした。 泊めてくれている友人は、涙を浮かべながら、彼の写真を僕のデータから探します。 戦争は、テロは、こうした命を奪う非情な行為だと、改めて感じます。 前回の旅では訪れなかったレバノンでは、親政府の人たちが多くいます。 トルコ、ヨルダンでは反政府の人たちが多くいたのとは対照的です。(もちろん親政府の人たちもいましたが) 日本のジャーナリストやNGOの人たちの多くが、トルコとヨルダンでの話を伝えているように思うので、こうした話を聞くのは貴重だと思いました。 シリアは様々な勢力が入り乱れ、それも時期によりすぐに変化するという複雑な状況にあります。 シンプルに考えることは非常に危険なのですが、どうしてもマスメディアは「わかりやすさ」が必要です。 しかも、マスメディアの会社は、オーナーの意向を無視できません。 この話は、イギリスの大学を聴講した時に授業で出てくるのですが、日本では知らされてないように思います。 そのオーナーがどのような立場にあるのかを知って、ニュースを受け取る、というのは「常識」なのですが、日本ではその傾向が少ないのではないのかな、と。 とはいえ、「フリージャーナリスト」と呼ばれる人も、「売り込み」が上手な人であれば「買い手」である大手メディアの意向に沿う形の「取材」をしている可能性も否定できません。 もちろん、そうでないフリージャーナリストの方々の素晴らしい取材があるのも事実なので、私たち受け取る側のメディアリテラシーが試されるのだと思います。 そのため、僕は直接、話を聞き、肌で感じるために、実際に訪れています。聞き手ではなく、取材ではなく、「友人として」という立場で話を聞くことで、ニュースとは違う意見が聞けるのでは?と。 ただ、伝える上では、「自分が聞いたことが全て正しい」と言うのではなく、本やメディアで聞く話を含め、様々な意見をできるだけ多様性を持って伝える形をとるように努めているつもりです。 本ブログで伝えているのはほんの一部なので、是非、報告会に足を運んで、質疑応答を通して様々な見え方を伝えられたら、と思います。 http://piece-of-syria.org/2016/12/21/報告会のご案内です%E3%80%82/ レバノンでは、「最もシリア難民の状況が厳しい」と聞いていました。 ですが、僕が訪れた一部の地域に限ると、仕事が少ないと言う問題を除けば、日本人より広い家に暮らしていて、治安も安定しています。 宗派や宗教、あるいは国籍さえ関係なく、友人関係があり、学校で学ぶことができます。 (UNの支援で、シリア難民は無料で) が、シリア人に対する差別や確執も同時にあるようです。 シリアとの行き来は割と自由にできます。 片道40ドルほどの交通機関が運行しているそうです。 物価はシリアより高いです。が、働くことさえできれば、給料も高いです。 八百屋の人曰く、シリアから来ている野菜もあるとのことでした。 フランス統治下にあったので、幼稚園でもフランス語を教えています。ですが、日常的に話しているのはアラビア語だけです。 シリア人(スンナ派)の友人の家に、レバノン人(キリスト教)の政治家の友人がやってきて、一緒にレバノン人(シーア派)の人のおうちに行ってお茶を飲んだりします。 僕の見えているものだけが全てではありませんし、僕が聞いたことだけが真実ではありません。 それと同様に、ニュースやテレビで言ってることだけが真実ではありません。 また、僕が見聞きしたことは確実に「事実」として存在することのはずです。(全てではないだけで) 僕らの活動が、世界のひとかけらを知るキッカケになりますようにと願って…。 明日は、いよいよシリアで最も仲良くしていた家族の一人に逢いに行きます! iPhoneから送信...

皆様、いつもブログをご覧いただきありがとうございます。 Piece of Syriaスタッフをしています小林郁乃と申します。 今回は代表に代わり、投稿させて頂きます。 このブログでも度々更新していますが、現在、中野貴行は前回のヨルダン、イラク、トルコ、ギリシャ、フランス、スウェーデンに引き続き、トルコ、ギリシャにおける変化と、新たにレバノン、ドイツのシリア難民の様子も見聞きしております。 そうした、メディアに流れない最新の情報や、生の声、なにより皆様のご支援がどのように子ども達のために使われていくのかを、東京と大阪で報告させて頂く予定です。 是非、ご友人やご家族もお誘い合わせの上、ご参加いただけたら幸いです。 【東京】 2017年1月28日(土) 11:30〜14:30 @アラビアンレストラン 月の砂漠 (各路線 池袋駅西口より徒歩1分) 東京都豊島区西池袋1-26-5 東山ビル2F ⚫︎報告会  1,500円  ※当日券 2,000円(ウェルカムハーブティー付き。) Readyforでご支援してくだった方々は無料でご招待頂きます! ⚫︎交流会  2,000円(美味しい中東料理、ソフトドリンク付き。)   ⚫︎要申し込みとなります。 https://www.facebook.com/events/388961934775800/ 《前売りチケットご購入方法》 以下peatexページにて1月27日(金)23:59までにご購入くださいませ。 http://piece-ikebukuro.peatix.com ※定員となった場合、キャンセル待ちとなりますので、お早めの参加申し込みを頂けますと幸いです。   【大阪】 2017年2月4日(土) 18:00〜21:20(開場 17:30) @梅田Blue+ ブルータス (阪急梅田、JR大阪駅より徒歩10分) 大阪市北区柴田2丁目9番17号 マエダビル4階 ⚫︎報告会 1,000円 Readyforでご支援くださった方々は無料でご招待頂きます! ⚫︎交流会 2,000円(ドリンク、軽食付き。) こちらは当日のお支払いをお願い致します。   ⚫︎要申し込みとなります。 https://www.facebook.com/events/607931302740936/?ti=icl 《以下ページで参加申込みをお願い致します。》 http://www.kokuchpro.com/event/piece_osaka/ ※定員となった場合、キャンセル待ちとなりますので、お早めの参加申し込みを頂けますと幸いです。   1月29日(日)は、報告会とは別に、代表の友人企画でのトークイベントも予定しております。 こちらは、報告会 無料ご招待とは異なりますが、もし28日土曜日のご都合が合わない場合は、ご検討下されば幸いです。 ※クラウドファンディング支援者で29日(日)にしか都合がつかず参加が難しい方は、ご相談くださいませ。 2017年1月29日(日)11:00〜14:00 @SALON,CAFE & BAR ”ToiToiToi(トイトイトイ)”(東急 大岡山駅から徒歩5分) 東京都大田区北千束3-20-8 ⚫︎要申し込みとなります。 https://www.facebook.com/events/243799436034053/ 《申込みはこちらからお願い致します。》 http://piece-toitoimtoi.peatix.com 同様に、報告会の企画などをお考えの場合、ご一報下されば嬉しく思います。   長くなりましたが、今後も近況報告、イベント案内などで連絡をさせて頂ければと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。 ★HP: http://piece-of-syria.org/ ★連絡先: piece.of.syria@gmail.com ★Facebook: https://www.facebook.com/piece.of.syria/...

アッサラームアライクム!ISが「首都」というラッカから来た人たちから、話を聞きました。 IS(「イスラム国」)は、アラビア語では「ダーイッシュ」と言われます。 大前提として、ダーイッシュを好意的にとらえているシリア人には、僕は会ったことはありません。 彼らは「外国から来たお金目的のテロリストで、イスラムの考え方を誤解している」という言われ方をされることが多いです。 4ヶ月前までラッカに住んでいた若者は、「家が買えるほど」のお金を密入国業者に支払って、トルコへ逃げてきました。 逃げてきた理由を聞くと、「上空からはロシアとシリア軍の空爆、陸上ではダーイッシュによる略奪や攻撃。逃げるしかなかったんだよ」と。 (しかし、「ルールさえ守っていれば、別にダーイッシュは問題なかった」という人もいました。服装や移動についての自由は制限されるものの、全くの無法者というわけではなく、きちんと行政的な仕事をしたり、彼らの「ルール」を逸脱しなければ、大丈夫だった、と。そう話す彼がトルコに逃げてきた理由は、空爆により、4回くらい死の危険を感じたためだそうです) シリアから他国へ逃げる理由は、こうした空爆やダーイッシュの攻撃を避けるためだけでなく、「徴兵制から逃れるため」というものもあります。 シリアは元々、宗教による差別がほとんどない国でした。 「全くない」というと語弊がありますが、市民レベルで「あいつはアラウィ派だから」とか「スンニ派だから」「キリスト教だから」「ユダヤ教だから」ということで、差別されたりすることはなかったというのは、口を揃えます。 例えば、「(アサド大統領の支持母体である)アラウィ派の友人の前で、アサド大統領を冗談口調で批判したりもしたことがあるが、何の問題もなかった。逮捕をされたこともない。俺はスンニ派だが、だからと言って区別はない。同じ大学に通う、俺の友人。ただそれだけだ。」という人もいます。 (※ 批判を「密告」されて、逮捕された人もいる、という話も聞きます) 通称「アラブの春」の後、シリアではなかったはずの宗教対立が生まれました。 しかし、元々対立していたわけではないのですから、徴兵制によって兵士になったときに、銃を向けるのは、ともに学び合い、冗談を言い合っていた友人たちです。 両親をシリアに残してきた若者たちも多くいます。 シリア国内は、物価が高騰しており、6年前の10倍ほどに上がっています。 また、インフラの破壊と治安の悪化により、農業を続けることも難しく、仕事もままなりません。 かつては、整備された快適な道路で、数百円で国内どこでも移動できたのですが、今では様々な組織が支配圏をめぐって争っており、その支配圏を抜けるたびに検問があり、そのつど50$〜100$を支払いながら移動しないといけないと言います。 (月収200$で、田舎であれば家族8人を養えるような国でしたので、その50$の重みが私たちとは違うこともまた、ご理解ください) そうした金銭的な問題があるシリア国内に対し、海外で仕事を見つけた家族は、地下銀行を使って、シリア国内に送金します。 「3年位前からできた」という地下銀行は、トルコでお金を預けると、シリア国内の「支店」に連絡をし、その「シリア支店」で家族がお金を受け取ることができる、というシステムです。 (国際協力に関わる資金については、UNがシリア国内向けに送金を手伝うシステムがあり、ウサマさんはそれを利用しています。 NGO団体に属するシリア人については、シリア国内へも行き来が可能です) 学校について聞いてみました。 ダーイッシュの占領下では、学校は機能していない、と言います。 また、同時に、「洗脳教育」は行なわれているとも。 「教育は大事だ。しかし、その教育は、働くためではなく、考えるためにあるべきだ」と、トルコで出会ったシリア人たちは僕に強く語ります。 (イスラム教は「盲目的に信じろ」ではなく、「考えろ」という方を重視しています) 元々、シリアは教育が充実しており、湾岸諸国の歯医者などはシリア人が多くいたそうです。大学まで無料で、ほぼ全ての子ども達が学校に通い、読み書き計算が出来ました。 それが今や、シリアの国内外ともに、50%以下の就学率です。 ヨルダンで、自分の名前が読めない12歳のシリア人の子にも出逢いました。 そうした状況の中で「スキマの世代」と言われてしまう子ども達が一人でも少なくなるように、という想いで、現在、教育支援の活動をさせていただいております。 未来を作るのは子ども達です。 その子ども達が、自分で考え、良い社会を作れるための土台を築けるように、と。 継続的な支援のために、動いていきますので、 また今後ともどうぞ宜しくお願い致します。 iPhoneから送信...

アッサラームアライクム! 再び、シリア南部の町ガズィアンティップにいます。 今日、トルコ西岸にあるイズミールに行く予定だったのですが、予約していた飛行機がキャンセルになり、シャンルウルファの町からウサマさんのいるガズィアンティップまで帰ってきました。 今日は、シャンルウルファで宿泊していたシリア人に紹介してもらった、シリア人のタクシー運転手の話をさせてもらいます。 彼は、ISが「首都」と定めたラッカの町出身。 元々、シリアとトルコを行き来していたのですが、ISが来る前にトルコに住み始めました。 トルコに住んで4年。タクシーの運転手として生計を立てているのですが、本来はシリア人がトルコ国内でタクシーの運転手になることはできません。 (シリアから持ってきたクルマを、トルコ政府に没収されたシリア人の話も聞いたほどです) 電話を受け、口コミで引き受ける運転手の仕事で支えるのは、妻と3人の子ども。 一番下の5歳の子どもは、ダウン症でシリアにいた時に十二指腸の手術もしています。 長男は今、ドイツにいて、三年住めれば、その子の診療もあって家族ごとドイツに呼び寄せることができる、と言います。 また、トルコではシリア人医師が安い治療費で診てくれているそうです。 (この辺りの状況は、聞く人によって違っていました。ここ数ヶ月で、無料のシリア人病院がいくつも閉鎖されており、公立病院は長蛇の列で丸一日かかるほどなので、お金を払ってでも、私立の病院やクリニックに行くそうです) 前回、シャンルウルファにあるAAR(難民を助ける会)のコミュニティセンターを見学させていただいたのですが、そこのスタッフだったシリア人の友人の紹介で、この運転手さんと出逢いました。 今朝、早朝に空港に行かないといけなかったので、彼にお願いして空港まで送ってもらいました。 空港まではかなり距離があるのですが、破格の値段で送ってもらいました。 そして、余裕を持って空港に到着したにも関わらず、乗るはずの便がキャンセルに…。 結局、翌日の便に変更してもらい、冒頭で書いたようにスケジュールを変更しました。 ウサマさんがいる町まで戻るため、空港からいったん市内に行かないといけませんが、この町の空港はあんまり便がない上に、飛行場が市内から遠く離れてます。なので、市内と空港を結ぶバスが全然ありません。 どうしよう? と、建物の外でウロチョロとしていたら、空港まで送ってくれた、シリア人タクシーの運転手さんが、「どうしているんだ?」と驚いて僕に声をかけてくれました。 彼は別の乗客を乗せて、また来たところで、事情を説明すると、市内まで乗せていってくれることに。 さらに、「時間あるなら、うちにご飯を食べに来な」と、市内のおうちで、ご飯をご馳走になり、バス乗り場まで送ってもらいました。 最初、お金も受け取ってもらえなくて、行きの分のお釣り(行きの運賃にしたって、すごく安く行ってくれたのに!)だけ受け取ってもらえました。 シリアの人たちにまたお世話に…。 「すごいですね。国際協力って言うんですか?チャリティーとかするなんて」とか言われたりもするんですが、そんなつもりは毛頭なくて、ただただ好きな人たちへの恩返しの方法を模索してて、ある意味のホワイトデーなんです。 優しさとか自己犠牲とか貢献とかでもなく。   ニュースで、シリア北部の町アレッポが政府軍に制圧されたのを受けて、市民が北西部の町イドリブへ移動している映像を流していました。 僕たちができることは本当に小さなことかもしれませんが、少しでも希望を届けることで、皆さんと一緒に恩返しが出来たら、と思います。 外は雪。 シリアの全ての人たちが、暖かい場所で、安全な場所で眠れる日々を願って。 ...

アッサラームアライクム!トルコ南部の町シャンルウルファにいます。 ガズィアンティップから2時間。ここもシリア難民が多く住む場所です。 「難民」と表現しましたが、トルコでは「難民」と呼ばれていません。「お客」です。 難民と呼ばれる立場になれば、相応の「保護」が必要になります。教育、住居、職業など。 それができる国が「難民」としての受け入れをしており、トルコ・イラク・ヨルダンでの彼らの立場は「Asylum seeker」(亡命希望者)というものになります。 ゆえに、彼らは「難民」となるために、ヨーロッパに向かうのです。 昨日、ガズィアンティップに事務所を持つ国際NGO「国境なき医師団」(本部はフランス)で働くシリア人のお家で話を聞いてきました。 彼や他の場所で聞いた話をお伝えします。 トルコでは、半年ほど前(2016年5~6月頃)から、トルコ政府の意向で国際NGOが閉鎖されている。 (別の人から、トランプ大統領になって、米国政府からのNGO支援が減って、活動が続けられなくなったり、スタッフ削減をする団体も増えるかもしれない、という声も聞きました) 仕事があるからトルコに住むけど、仕事がなければ住みにくい。特にここ数ヶ月で、シリア人への差別が増えてきている。 仕事がなくなったら、ヨーロッパかカナダに向かう。 カナダでは、5人のスポンサー(貯金額を確認)を見つけることができれば、彼らが保証人となって、受け入れが可能。   トルコ人と同じ仕事をしていても、給料は低い。部下の方が給料が高いこともあるなど不平等な労働環境。 今、トルコからギリシャの島への密航の価格が下落。1000$から300$ほどに。 島に入ってから、ヨーロッパに向かうルートの方が値上がりしているとのこと。 トルコにいても、未来がない。 唯一、良い条件で働けるのが国際NGOだが、それさえも閉鎖の可能性が出てきた。普通の仕事も不平等な立場にある。 仕事があるうちは良いが、無いならヨーロッパに向かうか、シリアに帰るという選択肢しかないんだ、と言う。 今、バーブ(アレッポとマンベジの間にあるシリア北部の町。マンベジは2016年8月までISに占拠されていたが今は解放された)の町の近辺に「フリーゾーン」を作り、そこへトルコからシリア人を送り返す計画があるそうだ。 今、アレッポで使われているのは貫通式の爆弾。屋根と天井部分にぶつかっても爆発せず貫通し、3段目くらいで爆発する。 今、アレッポの病院が爆撃されているが、狙われているのは、地下の病院。そうした爆弾で地下の病院も爆撃されており、国境なき医師団の病院もいくつも破壊された。 病院や学校を狙う理由の一つは、そこから反政府側の人間を住まなくさせるため。 現在、アレッポの70%はロシア軍と組んだシリア政権側が占拠し、30%を反政権側が守っている状況。私たちが支援しているウサマさんの学校も市内では続けられなくなり、郊外で活動を続けている。 数日、シャンルウルファに滞在して、ギリシャの島に近いイズミールへの移動を検討しています。イズミールはヨーロッパに向かう難民たちがいる町であり、僕と今年の2月に一度訪れています。そこで活動するNGOとつながりができたので、活動を見学できれば、と考えています。 iPhoneから送信...