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Piece of Syria(ピースオブシリア) | ブログ
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Piece of Syria Blog

こんにちは。スタッフの小林です! 最近の私は、未知の言語 アラビア語 を勉強しています。 ○アッサラーム・アライクム(こんにちは。いつでも使える挨拶の言葉。) ○シュクラン(ありがとう。) はさすがに覚えましたが、新しい言語を一からとなると中々ですね。 でも、新しいことを吸収するのは刺激も受けてやっぱり楽しいものです! ここで… 勉強していた時にへぇ〜!となったコトバ① あの緑野菜のモロヘイヤはアラビア語で、「molokheiya」からの外来語! エジプトには重病を患ったエジプト王がモロヘイヤのスープを飲んだら回復したという故事があり、アラビア語で「王様の野菜」を意味する「ムルキーヤ」がモロヘイヤの語源となっているようです! (語源由来辞典より) 先日、スタッフの武田さんと話している時に「これさえ覚えておけば大丈夫!何にでも使える!」という万能なアラビア語を教えてもらいました☆ それは… ○クワイエス 英語で言うとwonderful!元気か聞かれた時、美味しいご飯を食べた時など。よく使うみたいです。 早速、明日、実践で使ってみようと思います! …そうなんです!今、関空におりこれからトルコはイスタンブールに旅立ちます\(^^)/ 私たちピースオブシリアが、主に支援している現地協力者のウサマさんに会いに10日間程行く予定です。 へむりさんの跡をついて行く形ですが、、、 ウサマさんや現地でシリア難民支援活動している他のNGOの方などと会えるみたいなので、色々と自分の目で見れたらいいなと思います。 そこで!もしウサマさんに聞きたいことやトルコでの様子についてなど、何か質問や疑問等あれば是非教えて下さい。 生の声や現状をみなさんにお伝えできればと思っています。 アラビア語・トルコ語をご存知の方、これは使えるよ!とかも教えて頂けたら尚、嬉しいです(*^o^*) また現地での様子を更新できたらと思います。 行ってきます!!...

アッサラームアライクム! へむりです。 スタッフとともに発信しております、Piece of Syriaのブログですが、僕も読むのが楽しみです。 僕が初めてシリアに行ったのは、2005年。大学四回生の夏休みでした。 就職活動を終えて、学生生活の最後の夏休み、どこに行こうか悩んでいたのですが、 イギリスに留学していた時のクラスメートにトルコ人の友人がいて、彼らに逢う旅をしよう!と、まずトルコ行きが決定。 地図を見ると、エジプトもまぁまぁ近い。 家にツタンカーメンの分厚い図鑑があるような少年時代を過ごしていたものですから、 「ピラミッドをいつか見たい!」という夢が叶う!とエジプトに行くのも決めました。 で、トルコからエジプトまでの飛行機を調べると割と高かったんです、当時。 それこそ、日本からトルコの片道分と、それほど変わらないくらい。 なので、陸路で行こう!と。 トルコから、シリア、レバノン、ヨルダンを通って、エジプトまで向かおう、と。 とは言っても、イラク戦争が起こったのが2003年ですから、中東のイメージと言えば、「戦争」。 「アンマンから中継です」なんて、イラク戦争を伝えるテレビが言っていた頃です。 (アンマン = ヨルダンの首都) 今思えば、無茶なことをするなぁと思うのですが、周りに中東に行った人がいるわけでもなく、ニュースを見る限り「危険」と思っても仕方ない場所への旅でした。 イスタンブール着、カイロ発の飛行機を取り、1ヶ月かけて陸路で移動する旅が始まります。 グーグルマップで道を調べるだとか、booking.comで予約する、なんてこともしていなかった当時、 「地球の歩き方」の必要なページだけを破って、街をうろちょろしながら、その日の宿や次の目的地までのバスを探して行きました。 今は便利ですが、あの時の「どうなるか分からない」ドキドキは、懐かしいです。どうにもスマホに頼ってしまうので。 トルコから陸路で国境を越えてシリアに入ると、文字がアルファベットからアラビア語に変わり、ほとんど英語も通じなくなりました。 「異国に来た!」という気持ちでワクワクしながら、何とか乗ったバスからの見た車窓の景色は今でも忘れられません。 日が暮れてから着いた世界遺産の街アレッポ。 景色も服装もトルコと違い、商店街に行き交う人たちの活気を、バスの窓から見ていると、「ここを歩くってどんな気持ちなんだろう?」と、まるで現実ではないような、目の前の風景に興奮していました。 バスを降りて、道に迷いながら着いた安宿。 しかし、満室で途方に暮れていると、ホテルのスタッフが「近くに安宿があるから」と案内してくれました。 その宿は、Hotelの表記がなく、スタッフも英語が通じない。そんな宿でしたが、たまたまお客さんにアメリカ留学経験のあるイラク人(イラク戦争の頃なので、「そんなことできるんだ」と驚きました)が通訳をしてくれて、無事に泊まることができました。 国境を越えてから、何も食べてなかったので、荷物を置いて夜のアレッポの街へ。 大丈夫かな?と不安な気持ちもありましたが、拍子抜けするほどの安心感。 人々が笑顔で日常を過ごしています。 安く美味しいフレッシュジュースを飲み、店先でクルクルと回る鳥の丸焼きを食べて、「まるで異世界」と感じていた風景の中に、自分が溶け込んでいく感覚が、すごく不思議でした。 その後、道に迷っては助けてくれて、 トラブルに遭っては助けてくれて、 歩いてたら呼び止められて座らされ、スターのように質問ぜめにあったり、と、 シリアという国のホスピタリティーに、すっかりと魅了されました。 シリアの東の国境を越えると、イラクです。 隣ですから「すぐそば。ほとんど同じ」との認識でしたが、日本以上の治安の良さに驚くほどのシリアの状況がありました。 そして、「この国、好きだなぁ」という印象を持って日本に帰ってきました。 その後、青年海外協力隊として、シリアに行くことになるとは想像もせずに…。 隊員としてシリアで生活したことで、よりシリアのことが好きになっていきましたし、 そのようなシリアを知っているからこそ、今のシリアの状況に対してできることは無いか?と立ち上げたのがPiece of Syriaでした。 困っている人を助けたいのではなく、 身近な友人として、できることを共に考えたい。 そんな気持ちで、皆と一緒に一歩ずつ、これからも活動を作っていきます。 ...

こんにちは。ピースオブシリアの武田です。 今日は簡単にですが自己紹介をさせていただきたいと思います。 ピースオブシリアの中では、シリアに在住経験のあるのは 今のところへむりくんと僕だけです。 (ちなみに代表はへむりくんなので組織の中での立場は彼の方が上なのですが、 僕の方が年上なので尊敬と愛情を込めて「くん」付けで呼んでいます(^^)。) もう大昔になりますが大学卒業後すぐ、 2000年から2002年まで、 青年海外協力隊の一員としてシリアの首都ダマスカスで バレーボールの普及活動を行っていました。 しかし、実はシリアという国のことは派遣の決定通知が我が家に届くまでは知らなくて、 協力隊の合格通知の「派遣国:シリア」という文字を見て初めて 「シリアってどこ?」と思って調べたほどです。 しかし、当時も「シリア」で検索するとロクな情報はなく、 社会主義でアメリカからはテロ支援国扱いされていて、 パレスチナやイスラエル、レバノン、イラクといった紛争の多い国に囲まれた 「ヤバい国」だと思ったのを覚えています。 とはいえ、実際に行ってみるとシリア人は 本当に人懐っこくて、おせっかいで、愛情深くて、 2年の間に「家族」とか「兄弟」と言える友人がたくさんできて帰ってきました。 シリアには当時、商業施設らしい商業施設も、娯楽らしい娯楽もほとんどなく、 お茶を飲みながら会話することぐらいしか 楽しみがなかったのですが、 それでも、シリアのカラリとした空気を感じながら、 友人たちとテラスでのんびりとお茶を飲み、笑いあっている時が 何よりも豊かな時間でした。 人間の本当の豊かさは、 年収の高さやブランド品の数や、ゴージャス旅行にはないことを シリア人の家族たちは教えてくれました。 また、行ってる最中に9.11のNYのテロ事件があったのですが、 テロ事件の報道がシリアと日本であまりに違うことにも驚かされ、 メディアの情報がすべてではないことも身を持って思い知らされました。 6年前に紛争が始まってからは、シリア人の友人たちの安否を心配したり、 自分が大好きだった国がどんどん破壊されていくことに耐えられず、 ニュース映像から目を背けたこともありました。 しかしへむりくんと出会ったことで、 「自分もシリアに再び平和が訪れるまで、できることをやり続けよう」と思い、一念発起。 共にピースオブシリアの一員として活動させていただくこととなりました。 シリアは、まだまだ先は見えない状況ではあります。 我々ができることも、今は本当に微力でしかないのですが、 5年後、10年後にシリアが復興する時に、彼らと共にいたい。 そんな思いで、細く長く寄り添っていければと思っています。 これを読んでくれている方で、自分も何か手伝いたい!と思ってくださる方がいらっしゃれば ぜひ一度ご連絡ください(^^)。 ...

お久しぶりです! 梅雨入りしましたが、暑い日が続いてますね。 ピースオブシリアの小林 郁乃です! 今まで数回ブログやメール等で登場はしていましたが、今日は改めまして、自己紹介とピースオブシリアに関わるまでの経緯を書かせていただきます。 私は、長野県の田舎出身で大学入学を機に大阪に出てきました。 そこで、今のピースオブシリア代表の中野ことへむりさんと出会い、私の人生は徐々に確実に大きく変わっていきました。。 大学生時代、海外・旅・国際協力・ボランティア・英語などに興味があり、それ関連のイベントをmixiで探していた時に出会ったのがへむりさんでした。 最初は、主催イベントに参加する側でしたが、徐々に、一緒に楽しいものを創ってみたい・この人と同じ環境にいればもっと自分を変えられるかもしれないと思い、イベントのスタッフ側になっていきました。 その時点で、シリアについては、行ったこともないし友人がいるわけでもなく、何の関わりもない国でした。 ただ、へむりさんから どれだけ素晴らしく平和な国で、 暖かくおもてなし精神満載のシリア人なのかというのは常々聞いていました。 そんな中、2011年からシリアという国は劇的に変わりその話しも色々と耳に入ってきました。 それまで私にとってシリアは、中東にある1つの国・遠い国でした。 しかし、平和なシリアやシリア人のことを詳しく聞いていたせいか何故か、他人事では感じられなくなり、何かできることはないかと思い始めました。 でも、自分にできることなんかあるのか、実際に何ができるのか分からなくて悶々としていた時、当時へむりさんが立ち上げていたピースオブシリアのことを知り "世界を変えるのは、いつも誰か「ひとり」の小さな一歩から" "僕らは微力かもしれないけど、無力ではない" というコトバに導かれ、スタッフに加えていただくことになりました。 現在は、派遣のお仕事をしながら一緒に活動をしています。 シリアについて、特別に詳しいこともなく素人ですが、私なりに、そして私だからできることで、昔のシリアを伝えることやシリア国内の教育支援などをやっていきたいと思っています。 以前の私のように、自分には関わりのない国のことと思っている人たちにも、 "体験談を聞くと迷わず行きたくなるようなシリア" をまずは知ってほしい!! その想いでいっぱいのこの頃です。 長くまとまりのない文章になりましたが、、、 これから定期的にブログ更新していきますのでどうぞよろしくお願い致します\(^^)/ ...

こんにちは! Piece of Syriaの中野貴行、こと、へむりです。 改めての自己紹介をさせてもらいます。 2008年〜10年まで、シリアの北部アレッポ県マンベジ郡にて、青年海外協力隊として活動をしてきました。       その時に知ってしまった、シリアの人たちの深い優しさと愛情と人間力にすっかりと魅了され、帰国後はシリアのイメージと実際のギャップを伝える活動をしてきました。 ところが、2011年から始まる、所謂「アラブの春」と言われる紛争により、僕が「日本より平和で豊か」と感じていた国が危険な国へとなっしまいました。   「イメージと実際は違う」と伝えている自分が、シリアで起こっていることをニュースを鵜呑みにして伝えるというのはおかしい、という気持ちから、各地に避難したシリア難民を訪ねて回ることにしました。     ヨルダン、トルコ、イラク、ギリシャ、フランス、スウェーデンに住むシリアの人たちの声を聞き、やはりメディアで伝えることとは違っていて、思ってた以上に状況は複雑でした。 また、様々なシリア難民支援のNGO団体の人たちとも出逢い、素晴らしい活動を目の当たりにして参りました。 僕ができることは無いのでは?とも思いましたが、シリア国内はどうしても手薄になりがちなこと、戦前のシリアを含めて伝えられる支援機関が少ないことを知り、Piece of Syriaを立ち上げました。 「シリア国内への教育支援」 「戦争の終結を目指し、まずシリアのことをきちんと知ってもらう啓発活動を行なう」 という活動の柱を立てて、 2016年の夏にクラウドファンディングをスタートし、たくさんの人たちの協力のもとで達成することができました。     そして、そのお金はシリアの子ども達の教育機会として届けることができて、 国の未来を担う子ども達に未来に繋がる機会を提供することが出来ました。     また、シリアの写真展が新聞に取り上げられたり、シリアについて作成した動画が国際平和映像祭で表彰されたり、とシリアを伝える活動も形にすることができました。 現在もスタッフみんなが仕事をしている中ですが、たくさんの人たちに支えられながら活動を続けております。       かくいう僕も、現在UAEに在住しており、英語とアラビア語を使いながら、日本企業の一員としてお仕事をさせて頂いております。 家の手伝いや、新婚の妻と会うために、今月、一時帰国をさせて頂きました。     シリアを巡る状況は、周りの国々との利害関係の中で非常に複雑なままです。 しかし、そこに生きている一人ひとりがいます。人生があります。 その人生ときちんと寄り添いあえるようにしていければと思っています。   そして、助けるではなく、お世話になった恩を返していくために、動くことを続けていきます。 その一歩をみんなと一緒に、という想いで動いておりますので、 シリアについて、活動について、知りたいこと、聞きたいことがあれば、お気軽にご質問ください。   前回の武田さんの投稿にありましたように、楽しい空間が大好きなので、皆で楽しみながら一歩を踏み出していければと願っています!...

ピースオブシリアの武田です。 ブログ初投稿です。 今後は定期的に登場しますのでよろしくお願いいたしますm(_ _)m。 詳しく自己紹介したいところですが、それはまた後日にしまして。。。 昨日はドバイに行っているピースオブシリア代表の中野(へむり)が一時帰国中ということで、 スタッフでミーティングを行いました。 来週からトルコにピースオブシリアの中野と小林が飛んで、 現地パートナーのウサマさんと会ってきます。 なので、その打ち合わせと、 今後の方向性の確認をいくつか。 こうしてる今も、シリアを含めた周辺諸国の現況が刻々と変わっていってるので、それに合わせてどんなことができるのかということを真剣に話し合ってました。 シリアもそれを支援する私たちも課題は山盛りなのですが、一つ一つクリアしていくしかしょうがないよねと。 ということで、まずは我々しかできない情報発信をしていこうということになりましたので、今後は定期的にブログも更新していきます。どうぞご期待ください(^^)。 ミーティングの後はへむりを中心に気のおける仲間たちと食事会。 へむりのドバイの話も、大変すぎて面白かったんですが、 参加者のキャラクターやエピソードがいちいち濃くて、久しぶりにお腹が痛くなるくらい笑いました。 あと、シリア人の優しさを、いろんな人のエピソードから再認識したり。 とても楽しい夜でした。 とりあえず今日はこの辺で(^^)      ...

お世話になっております、Piece of Syria代表の中野貴行です。   シリアの子ども達に教育を届けるプロジェクトにご支援いたいた皆様、誠にありがとうございました。 皆様からご支援をいただいてから、報告に時間が経ってしまい、誠に申し訳ございません。 2016年10月31日までに129万3000円、170人の方々からご支援をいただき、目標額を達成いたしました。 お預かりしたお金は、トルコで生活しながらシリア国内への教育支援を共に行なうパートナーのウサマさんに渡し、彼を通して、シリアの子ども達に教育の機会を届けることができました。本当にありがとうございます。   今後も活動は続けていきます。その上で、一旦、クラウドファンディングとしての一区切りの報告をさせていただきます。 (Readyfor以外からもご支援くださったご寄付については、また日を追って報告をさせていただきます。どうぞ宜しくお願い致します)     【ご支援の、現地での使い道について】 教育を受けられなかった子ども達に教育を届けるために使わせていただきました。 このことについて、ウサマさんから預かった手紙があるので、是非読んでください。       最初に、自己紹介をさせていだきます。 私はウサマ・アッジャンと申します。アレッポ出身のシリア人、28歳です。 本来、私は教育コーディネーターで、英語教師です。 革命が起こってすぐ、私の友人たちと同じようにシリアを離れるのではなく、シリアの子ども達が教育を全うできるようにサポートをすることを決心しました。 今まで約3年間、ボランティアとして続けています。 私は日本語を学ぶ生徒だったので、日本人の友人たちと、とても仲が良く、彼らに私の生徒たちのために寄付を集めてくれるようお願いしました。そして、子ども達が教育を続けられることに関心のある友人達や、Piece of Syriaの人たちが、支援してくれています。 今後の活動も継続的にするため、トルコのガズィアンティップ本部、シリアのアレッポ支部の準備を整えており、シリア国内にも別の支部を予定しています。また、海外の公的な機関からも寄付を受けられるよう、トルコで公式なNGOとしての認可を得られるための準備をしています。 皆様のご支援、本当に感謝しています。 皆様からのお金は「地下や洞窟での学校の再建」「教室内を温めるストーブと燃料」「生徒たちの筆記用具」「地下の学校のための電球と発電機」「無償で協力してくれている先生たちへの謝礼金」として使わせて頂きます。 次に、私たちは、洞窟の学校を準備し終えて、次の校舎への支援を始めています。 アレッポから逃れられざるを得なくなった生徒たちを受け入れるため、アレッポ郊外とイドリブ県で、安全に通える場所を選んでいます。 今現在、アレッポから避難している子ども達の多くが本当に教育を必要としています。最後に、私たちの子ども達が教育を続けられるように、私たちをご支援してくださった皆様に改めて感謝をお伝えいたします。 Usama Ajjan   https://www.youtube.com/watch?v=lb0r-Zm1HcI       彼からの手紙でありましたように、アレッポ市内の武力紛争によって、状況に変化がありました。 そして、ウサマさんが元来支援をしていた学校が閉鎖になったため、シリア国内の別の場所へ避難し、教育が受けられないでいる子ども達を対象にした支援に切り替えざるを得ませんでした。 支援の内容も、「先生の給料だけ」だった当初から変更し、校舎の再建と冬の暖房器具などの設備にも充てさせて頂きました。 これは、空爆などの危険の少ない、地下や山の中の校舎で、安全性を確保することと越冬支援の優先度が高くなったためです。現場の声に柔軟に対応させていただきたく、この点、ご了承願えれば幸いです。       【ご支援の、日本側の経費について】 リターンの制作費、航空券代の一部、その他、報告会の会場費など雑費に使わせていただきます。 リターンのために作ったグッズですが、ロット数が増えても経費がそれほど大きく変わらなかったため、多めに作成し、イベントやインターネットを通して販売を行ない、利益を次回の支援に充てます。 そうした今後のことについては、ウサマさんとトルコで話し合って参りましたが、その移動にかかった経費として、一部割り当てさせて頂きました。 またトルコだけでなく、ギリシャ・レバノン・イタリア・ドイツの難民として生活するシリアの人たちを訪れてきましたので、そこで見聞きしたメディアが伝えていない事柄について発信していくことで、還元していきたいと思います。 1月2月で東京・大阪・京都・福岡で開催した報告会では、100人以上の方々にご参加いただき、ご支援者以外の方々にも広く、シリアの昔と今、私たちの活動についてお伝えすることができました。 ここでかかった会場費などをご支援の中から補填させていただく一方で、新たに生まれた利益につきましては、次回の現地支援のために使わせていただきたいと思います。       【リターンについて】 2月の発送を予定していると以前お伝えさせていただいたのですが、 お手紙などがまだ完成しておらず、3月半ば発送の予定となっております。 お待たせさせてしまい、誠に申し訳ございません! もうしばらくお待ちくださいませ。       【今後の活動について】 今後も継続して、ウサマさんの支援する学校へのサポートと、日本国内向けの平和教育活動を続けていきます。 ウサマさんは現在、4つの学校を支援しております。2つはジャバルアルホス地区、2つはアレッポ郊外です。 私たち以外にも、彼の活動を支援している個人やグループはありますが、トルコからの正式なNGO認可を受けていないため、大きな規模の助成金や寄付が受けられない現状にあります。 ウサマさんが自立した資金運営を行なうために、NGO認可のための状況を整える資金提供を行ない、教育が受けられない子ども達がいる限り、活動が存続できるような後方支援を行ないます。 この資金のために、マンスリー会員制度を現在、構築中です。 また後日、連絡をさせていただきますので、是非、目を通してくだされば幸いです。   シリアが元々、どれほど豊かな国だったのか、 シリアの人たちが、戦争の前も後も、どんな素晴らしい人間性の持った人たちなのかを伝えることで、平和の大切さについて気付くきっかけになってほしい。 その想いを発信するために、講演・写真展・動画作成などを行なってきましたが、この活動は引き続き行なっていきます。 自分たちの住む場所でも、企画したいとのご希望がありましたら、是非ご連絡のほど宜しくお願い致します。   [caption id="attachment_15927" align="alignnone" width="960"] 大阪の報告会を手伝ってくれたスタッフ達と[/caption]         https://www.facebook.com/piece.of.syria/...

    お世話になります。 Piece of Syria代表の中野貴行です。   無事に日本へ帰国いたしました。   皆様にご支援くださったプロジェクトの打ち合わせをし、 トルコ、レバノン、ギリシャ、イタリア、ドイツを周り、難民となったシリアの人たちや支援団体の人たちからたくさんの話を聞いて参りました。     私たちPiece of Syriaのこれからについて、トルコの現地協力者のウサマさんと打ち合わせを幾度と行なって参りました。         まず皆様からのご寄付の使い道ですが、当初の予定であった「先生のお給料」に加えて、「学校の再開」を主に遣わせて頂くことをご了承くださいませ。   2016年12月のアレッポを巡る攻防による影響です。 ウサマさんの提案する、「安全面を最優先して、アレッポ郊外にある学校を修繕し、防寒対策をして、教育を受けられない子ども達が教育を受けれるようにしたい」という現地の声を優先させて頂きました。   また詳細を、追って報告をさせて頂きます。     その後、各地を訪れました。 トルコでは、シリア人の受け入れを巡る状況の変化があり、国際情勢の変化から対シリア政策にも変化がありました。   レバノンでは隊員時代の村の家族・友人達と再会し、かつてISに占拠されていた村ともビデオ通話することができるという凄く嬉しい時間を過ごしました。   ギリシャでは、ヨーロッパの国境が閉ざされたことで、2016年2月に多く見たアラビア語の表記がなくなり、難民キャンプ内の治安が悪化しておりました。   イタリアでは、ギリシャからのルートが厳しくなったことで、北アフリカからボートでやってくる難民たちが再び多くなり、その対応に困惑している様子が見てとれました。   ドイツでも、あれほど受け入れていた難民も、限界が来て、新たな難民の受け入れを拒否しており、閉ざされる前に入ることができた人たちに話を聞けました。   訪れてみて、初めて知ることだらけでした。   私たちのサイトや、フェイスブックに載せておりますが、   新たに京都を加え、【東京・京都・大阪・福岡】で報告会をさせて頂きますので、 ご都合が合いましたら是非、ご参加くださいませ。   (ご支援者様の報告会無料ご招待は、☆マーク付きの会となります)     ☆【東京】1月28日(土) 11:30〜14:30 http://piece-ikebukuro.peatix.com   【東京】1月29日(日)11:00〜14:00 http://piece-toitoimtoi.peatix.com 【京都】2月3日(金) 14:00〜16:00 https://www.facebook.com/events/1130875703676350/   ☆【大阪】2月4日(土) 18:00〜21:20 http://www.kokuchpro.com/event/piece_osaka/   ☆【福岡】2月12日(日) 13:30〜15:30 http://www.kokuchpro.com/event/syria_fukuoka/   皆様とお会いできるのを楽しみにしております!     Piece of Syria代表 中野 貴行   ...

前回、イタリアのVentimigliaからお伝えしましたが、あの町はフランスのすぐ近くにあります。 歩いても国境を越えることができるほどですが、かなり時間がかかりそうなので、僕は電車で一駅、モナコやニースがある方向に向かって移動しました。 片道3.2ユーロ、10分ちょっとの距離です。 特にチェックもなく、国境を越えて、駅を降りたら、もうフランスです。 イタリアの方に向かって歩くと10分ほどで国境があり、チェックもなくイタリアへ入国することができました。 しばらくぶらっとしてから、再びフランスへ徒歩で入国。その時はパスポートをチェックされましたが、車はその横をチェックも受けずに通っていきます。 ※「シェンゲン協定」に加盟している国同士では、基本的に国境審査が行われない。ただし、難民の過剰な流入により、その対応に変化が生まれている。 こんな風に簡単に行き来できてしまう国境ですが、「国境」で別け隔てられたものを越えるため、彼らの年収を越えるお金だけでなく、血と汗と涙と、そして命が、賭けられています。 僕がサラリと越えた国境にしても、駅には大きな銃を持った軍人さんが目を光らせていたりしていますし、国境を越えた後にしても、もし逮捕された場合は指紋を取った国に帰らされます。 つまり、リビアから地中海を越えてイタリアに来た人たちは、再びイタリアに戻ります。 今はドイツも受け入れを拒んでいる状況ですし、安易に国境を越えさせて来た、イタリアやハンガリー、オーストリアに批判が高まったこともあり、1年前のように国境を越えれませんし、捕まったら指紋を取った国へ帰らされます。 ※1990年代に制定された「ダブリン協定」で、最初に足をつけたEU国で庇護申請をしなければならず、その国が難民の申請や、衣食住の世話や医療などの初期対応を引き受けることになっている。 すごろくで例えた人がいましたが、「スタートに戻る」ような感覚です。 ギリシャのレスボス島で知り合ったアフガニスタン人は、オーストリア経由でドイツまで行ったけど、そのまま牢屋に入れられて、2週間拘束され、オーストリアに送還、拘束された後、アフガニスタンに送り返されたと言っていました。 「2回目の挑戦なんだ」 オーストリアを通ったが故に送り返されたから、今回は飛行機でドイツに向かおうと思っている、と。 日本のパスポートを持っている僕がアッサリと越えられる国境に、底知れぬ重みを感じます。 しかし、その、大半の国をビザ無しで越えられる、日本のパスポートですが、その取得率は20%ほど。20代では5%ほどだと聞きます。 「もったいない!海外へ出よう」とか、 海外に出ることを短絡的に「良いこと」とは思いませんが、 踏み出した一歩で、世界の見え方が変わることは実体験として感じています。 僕自身、シリアに住んでいなければ、シリアのことに関心を持って、今のような活動はしてなかったように思います。 実際に出逢ったときに、自分ごとになっていきました。 もちろん、出逢った全ての事柄ではありませんが、「踏み出し、出逢うこと」は、見える世界を広げてくれます。 スカイスキャナーなどのサイトで飛行機を探せば、時期によってはアジアまで往復1万円代、ヨーロッパまで往復4万円代というものも見つかり、国内より安く旅ができたりすることもあります。 僕の講演を聞いて、「ヨルダンに行って来ました。あなたの話すエピソードであるような、アラブの人たちの優しさを肌で感じることが出来ました!」と言ってくださった方もいました。 このサイトでも、視野が、世界の見え方が広がるようなものを、お伝えできればと願っています。 〈報告会のご案内〉 支援の現場の声、そしてメディアで語られることの少ない、国ごとの難民たちの状況の違いなどをお伝えできればと思います。 シリアについて知らなかった!という人から、シリア支援の関係者まで学びと発見がある内容となるよう準備をしております。 是非、ご家族やご友人の皆さまにお声がけの上、お越しくだされば幸いです。 【東京】1月28日(土) 11:30〜14:30 http://piece-ikebukuro.peatix.com https://www.facebook.com/events/388961934775800/ 【東京】1月29日(日)11:00〜14:00http://piece-toitoimtoi.peatix.comhttps://www.facebook.com/events/243799436034053/ 【京都】2月3日(金) 14:00〜16:00 https://www.facebook.com/events/1130875703676350/ 【大阪】2月4日(土) 18:00〜21:20http://www.kokuchpro.com/event/piece_osaka/ https://www.facebook.com/events/607931302740936/ 【福岡】2月12日(日) 13:30-15:30 http://www.kokuchpro.com/event/syria_fukuoka/ https://www.facebook.com/events/195569944242102/ どちらも、事前の申し込みをお願いしておりますので、ご協力のほど、宜しくお願い致します。 ※ Facebookイベントページでは正式申し込みとなりません!ご注意下さいませ。 (京都のイベントのみ、Facebook申し込み)...

アッサラームアライクム! 2016年12月トルコ南部の町ガズィアンティップにえ、大学生として生活するシリア人から聞いた話を紹介いたします。 彼とは2016年2月に一度会っていたので、約一年ぶりの再会でした。 彼はシリアのアレッポ大学を1年少し学んだところで、トルコに避難。編入という形でトルコの大学の建築科で学ぶ3回生です。 かつてトルコでは、シリアの大学で学んでいた証拠があれば、簡単にトルコの大学に入れました。 ですが、増えすぎたシリア難民の受け入れに、トルコの大学も定員オーバーとなり、今は編入が難しいそうです。 彼は幸いにも、シリア難民が過密する前にトルコに来ていたので大学に入ることができました。奨学金も得て、大学近くの借家はカウチサーフィンで旅人を家に泊めれるほどの大きさ。すごく勉強熱心なので、英語もトルコ語もペラペラです。 彼のシリア人の彼女もまた、トルコに逃れてきて、今、トルコでシリア難民のサポートの仕事に従事しています。 というのが前回に聞いていた話。 今回、久々の再会の際に「何か新しいことあった?」と僕が尋ねると、 「イタリアに行けるかもしれない」と嬉しそうに話してくれました。 通っているトルコの大学が提携しているイタリアの大学へ、奨学金つきの留学へ応募をしているんだそうです。 「1年くらいかな?大学で勉強もするけど、何よりイタリアを周って、色んな建物を自分の目で確かめたいんだ」 と、ウキウキする気持ちがあふれています。 もちろん、彼はトルコ人ではなくシリア人である以上、「難民として受け入れてくれるヨーロッパの国へ行くんじゃないか」と警戒される可能性もある、と言います。 ですが、「わかってもらえると思う」と彼は自信のある目で僕に語りました。 その翌週には、トルコの港町イズミールにあるイタリア大使館に行き、面接をしてきました。 彼が無事にイタリアで学べる日が来ることを願ってやみません。 「学びたい」 そんな「当たり前」と感じてしまうことも、自分が生まれた国に起こった悲劇によって、困難なものへと変貌してしまいます。 しかし、全ての門戸が閉じられているわけではなく、意志と努力(彼は語学もそうですが、学部の勉強を本当に一生懸命にやっています)によって、切り拓くこともできるんだ、と彼を見ていると感じます。 彼に夢を聞きました。 「いつかシリアが平和になったら、学んでいる建築の知識でシリアを再建していきたいんだ。 そして、君や君の友人たちを日本から招いて、案内したいな」 その夢が叶った風景を、僕の友人たちと共有することは、僕の夢の一つになりました。 【報告会のお知らせはこちらから↓】 https://readyfor.jp/projects/pieceofsyria/announcements   iPhoneから送信...