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Piece of Syria(ピースオブシリア) | ブログ
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Piece of Syria Blog

アッサラーム・アライクム! Piece of Syriaの小林です。 三連休の最終日ですね。 皆さま良いお休みを過ごしましたでしょうか。 先日、スタッフの武田さんとミーティングを行い、トルコであったこと・出会ったシリア人のこと・これからの活動についてなど色々なことを話し合いました。 その中でも、"シリア人のとんでもない優しさについて"の話しがでた時は盛り上がり、 武田さんのそう!そうなんだよ!あるあるだね!という相槌を聞けて、共感できることが増えて嬉しく思いました(^^) そして話してる中で、 シリア人はまさに無償の愛を持ってるよね。 この言葉に妙に納得しました。 何かの本で読んだのが 「無償の愛を持っている人は、境界線を意識していない。 ギブアンドテイクは、自分と他人の間に境界線を引っ張っているからこそ成り立つもので、境界なくみんなで1つと考えていれば見返りは求めないギブアンドギブの無償の愛を与えることができるのである。」 私が出会ったシリア人が実際にこのような考えを持っているかは分かりませんが 私は、相手に壁を感じさせないシリア人=無償の愛になるほどなと思いました。 見返りもなく、〜だから優しくするとかいう理由もなく、本当に当たり前のように助けてくれるシリア人。 そんな彼らについてもっと知ってほしいなということで報告会を企画しています。 日程は、8月11日(金)午前中になりそうです。場所は大阪梅田で考えています。 正式に決まり次第、ご連絡しますのでもうしばらくお待ち下さい。 その日は代表の中野もドバイから帰国しますので、是非お時間あけて来て下されば嬉しいです! 今回の報告会やこれからのイベント企画などでお手伝いしてくださる方々も募集しております。 お気軽にご連絡ください! よろしくお願い致します。...

アッサラームアライクム! Piece of Syriaのへむりです。   今日、Twitterで見たのがこちらの言葉。   「飢える者よ、本に手を伸ばせ。 それこそが武器なんだぜ」 まったく同意だぜ。 ベルギーの学園都市ゲントに住んでいた頃、毎日のように通い続けたブックカフェ。 l just love this message on the door...

アッサラームアライクム! ピースオブシリアの武田です。 先日、トルコ帰りのいくのちゃんと食事をしながらのミーティングを行いました。 ピースオブシリアに関わって、シリアの人たちを支援する活動を行なって来たわけですが、実際にたくさんのシリア人の人たちと接して触れ合うことは、このトルコの旅が初めてだったいくのちゃん。 「実際のシリア人は日本人の持つイメージと違って、やさしい人ばかりだ」という情報は、 散々僕やへむりくんから聞かされてたわけですが、 やはり実際その人柄を体験してみると、驚くことばかりだったようです。 僕らが「かわいそうだからではなく、恩返しの気持ちで活動を行なっている」という意味も、そうしたくなる理由も、すごく実感してもらえたようで、とても嬉しい報告をたくさんもらいました。 今まで僕たちが伝えようとしてきたことに 彼女が心の底から共感してくれたことも嬉しかったし、シリア人と関わることで人間的にもものすごく成長して帰ってきたことが何よりも嬉しくて、 思わず焼肉を奢ってしまいました。 そして、みなさんにもぜひ、いくのちゃん本人の言葉で、シリア人の人たちとの体験を聞いてもらいたいと思いました。 ということで、8月に報告会を開催したいと思います! お盆のあたりになると思うので、予定がすでに入ってる方も多いと思いますが、これを読んでくれているあなたにも、何とか予定をこじ開けて、ぜひ話を聞きにきていただきたいです。 メディアでは絶対に報道されない、シリア人の本当の姿や、 難民の人たちの生活の現状はもちろん、 テロ、難民、貧困、紛争といったイメージのシリアは、本当に危険な国なのか? シリア人の持つ日本人の想像をはるかに超えるおもてなし精神とは? シリアに縁もゆかりもなかった女子がシリアに出会ってみたら何を感じ、どう思ったのか。 そんな話がたくさん聞ける、レアな報告会になると思います。 また詳細は近日中にお知らせさせていただきます!...

アッサラーム・アライクム! Piece of Syriaの小林です。 一昨日、三宮で行われたアジア福祉教育財団難民事業本部さんと神戸YMCAさん主催の「ワークショップ難民 2017」に参加してきました。 『紛争や迫害から逃れ、故郷を追われた難民や国内避難民が世界各地に6,500万人以上いると推定されています。日本にも、さまざまな国から難民が庇護を求めて来ています。わたしたち自身にできることは何か、一緒に考えてみませんか。』 http://www.rhq.gr.jp/japanese/profile/profile.htm ということで毎年この時期にやるワークショップで、全3回ありましたが私は最後の回のみの参加となりました。 テーマは「難民と暮らす」。 難民として受け入れられたとしても、言葉や文化も違う国でどうやって暮らしていけばよいのか。異国での生活をロールプレイで疑似体験し、「共生」をめざして何ができるかを考えます。 インドシナ難民や条約難民(難民認定申請者)を主に、 難民として暮らすことになった人たちと元々住んでいる自国民の間で、食文化や習慣の違いによって起こる問題を、実際に難民事業本部に持ち寄られる実例を挙げてロールプレイをしてみました。 例えば、 あるアパートの大家さんは難民との共生を目指して積極的に難民を受け入れている。しかし、そのアパートに住んでいるベトナム難民と日本人とで揉め事が起こる。原因は「ベトナム料理で使う香辛料やスパイスの匂いが臭い」ということで大家さんを中心に話し合いをする事例。 多種多様な人間を演じてロールプレイするため、色々な結果になりました。 交流会をしてベトナム料理と日本料理を食べ合う・嫌なものを食べても余計嫌いになるだけ・祖国を追われてもう料理しか楽しみがないから香辛料を使い続けたい・郷に入っては郷に従えなど平行線で終わったり。 このような問題が起こる原因に当たるものの一部として 慣れていないものに対する嫌悪 マイノリティーに対する排斥 これらが残念ながらあるのは事実です。 日本人がよく飲む味噌汁も発酵食品だから臭いと思う外国人も実はいるそうです。私たちは食べ慣れているので、なにが臭いの?と思うかもしれませんが、慣れていない・ふれたことがない人にとっては不快になっているかもしれません。 では、どうすれば良い方向にもっていけるかと考えた時に、大きかったのが大家さんの存在でした。 難民受け入れに理解があり共生しようとしている大家さん。 このような人が1人でもいるだけで、どちらかが不利になることはなく話し合いができる、まずここが大事なんじゃないかと思います。 どちらの言い分も理解できる人がいると共生の可能性が高くなるという意見もありました。   相手を知ろうとすること、理解しようとすること。 これが本当に大切だなと思います。 そして、難民としての彼らを知ろうとするより、 友達として接するだけでも自ずと難民としての彼らも知れるんじゃないかなと感じます。 私がトルコでシリア人と会った時のことを振り返ってみると、、、 シリア難民の現状を知ろうと思って会いに行ったけど、最初から"難民のシリア人"として接した訳ではなく、"昔から友人だったシリア人"として接していたなと。 実際には、私にはシリア人の友人はいなかったので、無論、彼らの辛い状況を感じさせない明るさや初対面の私でも一瞬で受け入れてくれるオープンさのおかげでそう思うことができたとは強く強く思います!(へむりさんの友人という立場も大きいですが…) 友人として話しをしていくと、次第にシリアの昔や今の状況や詳細を聞くことができて、たった10日間の仲でもより相手を知ることができたかなと思います。 長くなりましたが、 とにかく大家さんのように、相手を知ろうとする人・理解しようとする人がもっと増えればいいなと願います。 そして優しく素晴らしいシリア人のことを知っている人ももっともっと増やしていきたいです!...

アッサラームアライクム! Piece of Syriaのへむりです。   お待たせいたしました。シリアの人たちに起こった変化の続きになります。 前回は、シリア国内の「勢力図」の変化についてお話をさせて頂きました。 今回は、シリア国内における「生活面」の変化について、お話できればと思います。   [caption id="attachment_16069" align="alignnone" width="1024"] 一番お世話になったお家。[/caption] ● 1日1ドルの豊かな生活   僕がシリアに住んでいたのは2008-10年です。   その当時、僕が一番お世話になっていたのは、マンベジ市にある小さな村の家族でした。   両親と女の子3人(短大生、高校生、中学生)、男の子2人(小学生)のおうちで、生活費を稼ぐ父親は、村の保健センターで働く用務員さん。受付、掃除、ワクチンの管理などをしていました。   月収は200$ほど。シリアでも、決して多い方ではありません。 計算すると、一人当たりの生活費は1日1ドル以下になります。   しかしながら、子ども達を学校に通わせて、里帰りの家族旅行に行ったり、僕や近所の人たちにご飯を振る舞うことも日常的にしている余裕がありました。僕もあまりにしょっちゅう、ご飯を出してもらって、泊めさせてもらっているから、家賃のようなものを渡そうとしたら、断られました。   家も、田舎だからということもありますが、小学校の運動場くらいの大きさの庭付きで、リビングは絨毯が敷き詰められた50m2ほどの大きさがあります。   こうした「余裕」には、シリアの豊かさに加え、当時のシリア政権の政策が大きく影響があるように思います。   [caption id="attachment_16070" align="alignnone" width="1024"] 村のお家のリビング。本当に広い![/caption] ● 僕の見たシリアの豊かさ   野菜はkgあたり20円ほど。旬野菜であるかどうかで値段は変わりますが、それにしても安い。 主食であるホブズ(ナンのような丸いパン)も非常に安価で買うことができました。     交通費も、バスやセルビス(同じルートを周るワゴン車を使ったバスのような乗り物)が15円ほどで乗れたり、長距離バスなら、大阪〜東京間ほどの距離を、3列シートでも400円ほど。 市内のバスで老人や女性が入ってきたら、男性達は無言で席を譲り、それに礼を言うこともなく譲られた方が席に座ります。年配の方や女性を敬うのが当たり前だからです。   学校も、大学まで無料。就学率は97%だったそうです。 小さな村まで塾や、女性対象の識字教室があり、教育熱心な国だと感じました。   医療も無料です。薬も国内産で、非常に安価でした。   犯罪の遭遇率は、日本の20分の一。つまり、日本の20倍の治安の良さ。体感的にもそれは感じました。実際、落し物はすべて返ってきました。カメラ・携帯・腕時計・現金にいたるまで・・・。   何より、もっとも素晴らしいと感じたのは、おもてなしの心です。 買い物客として行ったのに、お茶やサンドイッチをご馳走してくれます。 道がわからないそぶりを見せようものなら、バッと人が集まってきて助けようとしてくれます。 バスで隣に座った人が、自分の家に招待して、昼ご飯をご馳走しようとしてくれます。 喉が渇いたら、そのあたりに家をノックすれば水を出してくれ、そのまま家に招待してくれます。 通りすがりの結婚式に招待されて、一緒にご飯を食べ、一緒に踊らされます。   そんなことが日常の豊かな国でした。   [caption id="attachment_16071" align="alignnone" width="1024"] 安く美味しい国産野菜・果物にあふれていました[/caption] ● 戦場になった僕の村   「覚えているかい?村の先生をしていたアフマドだよ」   2015年。シリアの村の友人から連絡が来ました。     僕が住んでいたマンベジは、ダーイッシュ(IS)に占領されており、画像検索をすると「処刑場」が出てくるような、そんな状況でした。   僕がいた時、村の人たちは携帯は持っていても、メールやSNSは使っていませんでした。 (世界的にスマホがまだ出始めた頃で、日本でもFacebookの利用者は少なく、mixiが流行っていた時代です)   なので、シリアの村の人たちの連絡先は知らないまま、日本に帰って来ていたのです。   何より、村には連絡することなく行って泊めてもらうことが日常でしたから、 そうした連絡先を必要としなかったのです。   またすぐに会いに行けるから、と。   しかし、「起こりえないはず」のいわゆる『アラブの春』が、シリアを戦場にしました。   今は行けないけど、すぐにまた行けるようになる・・・。   その思いと裏腹に、続くシリアを戦場にした紛争は、止むことがありません。 そして、僕のいたマンベジに侵入して来たダーイッシュ。   仲良くしていた人たちはどうなったのだろう? 不安な気持ちが募る中、確かめる術を持たず、どうしようもできないでいました。     どうにかして動きたい。   その想いで、シリアの中に入ることができなくとも、難民の住む地域に行ってみようと、ヨルダン・トルコ・イラク・ヨーロッパに向かったのでした。 そして、帰国後にPiece of Syriaの活動を始めました。   まさに、その時に、連絡が入ったのです。   「覚えているかい?村の先生をしていたアフマドだよ」と。 彼を通して、僕の仲良くしていた人たちの無事も確認できました。   [caption id="attachment_16072" align="alignnone" width="1024"] アラビア語で「マンベジ」と画像検索したら…[/caption] ● お金が足りない   あの豊かだったシリア国内の生活は、今は生きて行くことが精一杯な状況です。   人口の1/4が海外に難民として、1/4が国内避難民として生活しております。   「元々いた土地を離れる」というのは、代々続いた土地を手放すということで、家、家具、仕事、家畜、農場、築いて来た人間関係、それら全てを失うということです。   200ドルで豊かに暮らしていた生活も、通貨のシリアポンドの下落により、価値が1/10へ。 つまり、物価が10倍になっている、ということです。   今は、シリア国内の野菜など物資の量は充分だということですが、それを買うお金が不足しています。   移動や輸送には、お金とリスクがつきまといます。 政府軍・反政府軍・ダーイッシュ・アルカイダ・クルド軍のほか、有象無象の様々な勢力が陣取っており、検問でチェックを行なうそうです。   ある人が教えてくれた情報では、「1000ドルを支払えば、トルコ寄りのシリア国境から首都ダマスカスまで、安全に移動できる」と言う話でした。   安全も、お金次第なのです。 ただし、すべての場所が危険だというわけではありません。日本の一部で起こった地震が全土に影響していないのと同様、安全な日常生活を送っている地域もあります。   ですが、10倍の物価上昇は、すべての場所の日常生活に影響を与えており、生活費が足りていません。 また、働き手である男性は、各勢力によって兵士として駆り出されます。 シリア人同士で殺し合いをしたくない、と徴兵制を避けるために、国外へ向かう男性も多くいます。彼らは難民となった場所で稼いだお金を、様々な方法で仕送りしています。   就学率97%で、あれほど豊かだった教育も、50%以下へ。 場所によっては6%ほどになった、というニュースもありました。   想像してください。   あなたの給料が9割カットされて生活すること。 1年生の時、40人学級だったのが、6年生の時に2人しか残っていない学校を。     ● 友人としてできることを探して   もともと貧しく、戦争ばかりしていた人たちが難民になった訳ではありません。   もともと豊かに、平和に、家族を愛して生活をしていた人たちが、難民として、あるいは国内で困窮して生活せざるをえなくなってしまったのです。   僕らはこれからも、「困っているから助けたい」のではなく、 友人としてできることを精一杯考えて、行動をしていきたいと活動をしています。   それを是非、皆さんと一緒に動いていきたいなと思っています。   では、次回は、シリア国外での変化について、お話できればと思います。  ...

アッサラームアライクム!ピースオブシリアの武田です。 蝉の声を今年初めて聞きました。 いよいよ本格的な夏ですね。 シリアはこの時期、40度を超える酷暑だったのを思い出します。 日本ほど湿気が無いので、日陰は涼しかったですが、日なたは命の危険を感じるほど暑かった記憶があります。 洞窟で勉強しているシリアの子どもたちは大丈夫かなと、心配になります。 さて、アサド政権と反政府勢力の紛争終息に向けた和平協議がスイスで始まったとのニュースが入ってきました。 ただ、これまでも停戦合意しては、また攻撃が始まるということを、繰り返していたので、全く喜ぶことは出来ません。今度こそは、という思いでいっぱいです。 実際の状況はニュースからでは把握しきれないほど複雑です。また、政府対反政府という単純な構図でも無く、仮に停戦合意したとしても、ISや他の過激派組織、クルド人をはじめとする他の反政府勢力、あるいはアメリカやロシアというシリア以外の国の思惑が交錯してるので、一筋縄では行きそうにありません。 ただ、少しでも改善の方向に向かってもらえるよう祈るしかありませんね。...

アッサラーム・アライクム! Piece of Syriaの小林です。 帰国してから数日経ちますが、すでにトルコで出会ったシリア人に会いに行きたいと思う日々です。 そして、もう1つ恋しくなってるものが… シリア料理! 旅中は、トルコ料理も食べていましたが、9:1でシリア料理ばかり食べていました。 シリア人のお家やお店で食べたシリア料理が美味しくて常に食べ過ぎていた気がします…シリア人のクルクル(アラビア語で食べろ食べろと言う意味)に誘われたのは言うまでもないですが。 まだ、食べていても、残っていても、クルクルとごはんをすすめてくれました(^^) 主食となるのがホブズというトルティーヤみたいな薄いパンで、どの家庭でもお店でもでてきました。 このホブズをちぎって野菜やお肉などをはさんで食べます。 はさむ具材はホンモスというひよこ豆のペーストやきゅうり・トマトなどの野菜、ハーブ類、オリーブ、チーズ、ゆで卵、チキン・ケバブなどのお肉、そしてヨーグルト! ヨーグルトはプレーンで甘くないのでホブズとあいます。 塩味のヨーグルトがでてきたお家もありました。 [caption id="attachment_16051" align="alignnone" width="300"] トルコとシリアそれぞれのパン、ヨーグルト、オリーブを用意してくれました![/caption] 私がびっくりしたのは、果物やジャムなどの甘いものも一緒にはさんで食べるということ! あんずやイチゴジャムなどをはさむとデザート感覚で食べれて、 ウサマさんのお家ではスイカやメロンがでてきて、よく食べるんだと教えてもらった具材の組み合わせがメロンとチーズ! はさんで食べてみると塩気と甘味がちょうど良くて美味しかったです。 私のお気に入りは、ザータルというごま塩みたいなハーブ調味料で、 ホブズをオリーブオイルにつけてその後にザータルにつけて食べるんですが、クセになる味で好きになりました! [caption id="attachment_16054" align="alignnone" width="300"] オリーブオイルとザータル[/caption] ちなみに、ホブズは小麦粉を水と塩でこねて、大きな鉄板の上で焼いて作るそうです。 [caption id="attachment_16055" align="alignnone" width="300"] イスタンブールのお店にて。鉄鍋の上でホブズを焼きます。[/caption] 食つながりということで… アラビア語を勉強していた時にへぇ〜!となったコトバ② あの砂糖という意味のsugarはアラビア語で砂糖という意味の"sukkar"スッカルからの派生 !かと思いきや元々はサンスクリット語。 シャルカラsharkara(サンスクリット語)→シャカルshakar(ペルシャ語)→スッカルsukkar(アラビア語)→スークル sucre (フランス語)→シュガー sugar (英語) ちなみに、コショウは"fulful"フルフルと言うみたいです。覚えやすい! 最後に BASEでのプロジェクト応援などの学校支援にご協力いただきましてありがとうございます!! プロジェクト応援の他にオリジナルポストカードの販売も行っておりますのでよろしくお願い致します。 売り上げは、シリアの子どもたちの教育支援として使わせていただきます。 https://pieceofsyria.thebase.in/...

アッサラームアライクム!ピースオブシリアの武田です。 今日はメンバー同士で帰国後初めてのスカイプ会議でした。 課題は山積みですが、 やれることをとにかくやっていこうということで一致し、前向きなな気持ちになれました。 まずは帰国したばかりのいくのちゃんの報告会をやろうと思ってます。 シリアのこともほとんど知らない、シリア人の友達もいないところから、 へむりくんに巻き込まれるようにして仲間入りし、 活動を通じてトルコまで行くことになり、 実際にシリア人と触れ合ったことで、どう感じ、何を思ったのか。 テレビや新聞では決して知ることの出来ないリアルな情報、体験談です。 ぜひみなさんにも聞いていただきたいと思っています。 詳細は決まり次第お知らせさせていただきます(^^)! ...

アッサラーム・アライクム! Piece of Syriaの小林です。 先日、私も無事にトルコから日本に帰国しました! 一瞬で短い旅でしたが、内容は濃いものばかりで多くのシリア人や現地で活動している団体の方々と実際に接することができて本当に良かったなと思います。 テレビや自分の中の固まったイメージから得られるものとは違うものが、実際に現地にはあって、行ってみないと分からないことがあるって本当だなとしみじみと感じました。 もちろん安全第一なので、危険な場所には行くことは避けるべきですし、情報収集をしっかりして行動することは何より大切です! そして、帰国してから一緒に住んでいる祖母や実家の両親にトルコやシリア人の話しをしました。 話しはまとめられてないので思い出したことを突発的に喋ってたんですが、 以前シリアの話しをした時と反応が違うな〜と感じました。 〜らしいよ、〜なんだってと話していた時と 体験してきてそれを話すのとはやはり説得力というか真実味があるのか分かりませんが、反応が良くて、 優しい人ばかりなんだねと言ってもらえるとなんだか私も嬉しくなってしまいました。 こんな風にまだシリア・シリア人のことを知らない人にも伝えていけたらいいなと思います。 ちなみに 日本到着後もトルコで知り合ったシリア人から、大丈夫?無事着いた?いつでも来てね。と連絡があり、またまた暖かい気持ちをいただきました(^^) まだ何もお返しできていないので、これから恩返ししていきたいと思います! ...

アッサラームアライクム。 Piece of Syriaのへむりです。   トルコからUAEに帰って参りました。   僕はトルコに来る前、日本に帰国し、家族と過ごしていました。 ラマダンとイード(イスラムの新年)だったので、お休みを頂いた形です。   その時期だったので、トルコに訪れてみると、なかなかシリアの人たちがいつもの街にいなかったりしました。 両親が家賃の安い田舎の方に住み、息子たちは都会に住んで働いているシリア人の家族。   彼らは、イードの時期に合わせて、両親のいる田舎の方へ「帰省」したりするようです。 また、毎年、イードから犠牲祭のあいだの時期、トルコはシリアへの帰省を許可するそうです。   もちろん全てのシリア人が帰省するわけではありません。 電話で家族と連絡を取り合う友人。   「3年間、会えてないんだ。次いつ会えるかも分からない」   家族のつながりを何よりも優先するシリアの人たち。 会えない重みは僕らが感じる以上なのだと思います。 彼らが望むのは、家族と自分の国で一緒に暮らせること。   そのためには、シリアが平和になることが大切だと思います。   まだその道筋が見えない中で、できることとして、私たちが取り組んでいるのが シリアの未来を担う子ども達から教育が奪われないような協力をすることと、 シリアのイメージが変わるような情報発信をすることです。   これからも一歩ずつ、皆さんと共に歩んで行きます!   (前回の続きは、また後日、更新します!)   ...