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Piece of Syria(ピースオブシリア) | スマホを持たずに旅に出ていたあの日〜僕の初めてのシリア〜
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スマホを持たずに旅に出ていたあの日〜僕の初めてのシリア〜

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スマホを持たずに旅に出ていたあの日〜僕の初めてのシリア〜

アッサラームアライクム!
へむりです。

スタッフとともに発信しております、Piece of Syriaのブログですが、僕も読むのが楽しみです。

僕が初めてシリアに行ったのは、2005年。大学四回生の夏休みでした。

就職活動を終えて、学生生活の最後の夏休み、どこに行こうか悩んでいたのですが、
イギリスに留学していた時のクラスメートにトルコ人の友人がいて、彼らに逢う旅をしよう!と、まずトルコ行きが決定。

地図を見ると、エジプトもまぁまぁ近い。
家にツタンカーメンの分厚い図鑑があるような少年時代を過ごしていたものですから、
「ピラミッドをいつか見たい!」という夢が叶う!とエジプトに行くのも決めました。

で、トルコからエジプトまでの飛行機を調べると割と高かったんです、当時。
それこそ、日本からトルコの片道分と、それほど変わらないくらい。

なので、陸路で行こう!と。
トルコから、シリア、レバノン、ヨルダンを通って、エジプトまで向かおう、と。

とは言っても、イラク戦争が起こったのが2003年ですから、中東のイメージと言えば、「戦争」。

「アンマンから中継です」なんて、イラク戦争を伝えるテレビが言っていた頃です。
(アンマン = ヨルダンの首都)

今思えば、無茶なことをするなぁと思うのですが、周りに中東に行った人がいるわけでもなく、ニュースを見る限り「危険」と思っても仕方ない場所への旅でした。

イスタンブール着、カイロ発の飛行機を取り、1ヶ月かけて陸路で移動する旅が始まります。

グーグルマップで道を調べるだとか、booking.comで予約する、なんてこともしていなかった当時、
「地球の歩き方」の必要なページだけを破って、街をうろちょろしながら、その日の宿や次の目的地までのバスを探して行きました。

今は便利ですが、あの時の「どうなるか分からない」ドキドキは、懐かしいです。どうにもスマホに頼ってしまうので。

トルコから陸路で国境を越えてシリアに入ると、文字がアルファベットからアラビア語に変わり、ほとんど英語も通じなくなりました。
「異国に来た!」という気持ちでワクワクしながら、何とか乗ったバスからの見た車窓の景色は今でも忘れられません。

日が暮れてから着いた世界遺産の街アレッポ。
景色も服装もトルコと違い、商店街に行き交う人たちの活気を、バスの窓から見ていると、「ここを歩くってどんな気持ちなんだろう?」と、まるで現実ではないような、目の前の風景に興奮していました。

バスを降りて、道に迷いながら着いた安宿。
しかし、満室で途方に暮れていると、ホテルのスタッフが「近くに安宿があるから」と案内してくれました。
その宿は、Hotelの表記がなく、スタッフも英語が通じない。そんな宿でしたが、たまたまお客さんにアメリカ留学経験のあるイラク人(イラク戦争の頃なので、「そんなことできるんだ」と驚きました)が通訳をしてくれて、無事に泊まることができました。

国境を越えてから、何も食べてなかったので、荷物を置いて夜のアレッポの街へ。

大丈夫かな?と不安な気持ちもありましたが、拍子抜けするほどの安心感。
人々が笑顔で日常を過ごしています。

安く美味しいフレッシュジュースを飲み、店先でクルクルと回る鳥の丸焼きを食べて、「まるで異世界」と感じていた風景の中に、自分が溶け込んでいく感覚が、すごく不思議でした。

その後、道に迷っては助けてくれて、
トラブルに遭っては助けてくれて、
歩いてたら呼び止められて座らされ、スターのように質問ぜめにあったり、と、
シリアという国のホスピタリティーに、すっかりと魅了されました。

シリアの東の国境を越えると、イラクです。
隣ですから「すぐそば。ほとんど同じ」との認識でしたが、日本以上の治安の良さに驚くほどのシリアの状況がありました。

そして、「この国、好きだなぁ」という印象を持って日本に帰ってきました。

その後、青年海外協力隊として、シリアに行くことになるとは想像もせずに…。

隊員としてシリアで生活したことで、よりシリアのことが好きになっていきましたし、
そのようなシリアを知っているからこそ、今のシリアの状況に対してできることは無いか?と立ち上げたのがPiece of Syriaでした。

困っている人を助けたいのではなく、
身近な友人として、できることを共に考えたい。

そんな気持ちで、皆と一緒に一歩ずつ、これからも活動を作っていきます。

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